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 「安倍やめろ」ヤジについて、道警に対する告発が不起訴だったか、記憶があいまいだが、先日民事訴訟で損害賠償を命じる札幌地裁の判決が出た。道が控訴するかどうか未定だが、とりあへずホッとした。

 :「表現の自由は民主主義社会の基礎となる重要な権利で、特に政治的な事柄に関する表現の自由は重要な憲法上の権利として尊重されなければならない」という大原則を強調した上で、今回のヤジについて「対象者を呼び捨てにするなど、いささか上品さに欠けるきらいはあるものの、政治的な事柄に関する表現行為だ」「特定の人種への憎悪を誘発させるとか、身体への危害といった犯罪行為をあおるようなものではなく、選挙演説自体を不可能にさせるものでもなかった」と正しく評価。「警察官の行為は、やじの内容や様子が安倍総理大臣の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、それを制限しようとしたものと推認せざるを得ない」と、明らかに安倍首相を守るために、表現の自由を制限しようとしたと指摘したのである。:

 上記引用はリテラからで、末尾の「明らかに・・・」以下はリテラの評価だが、妥当なものだ。当時の警察の規制は、治安維持法時代をほうふつさせるほどひどいものだった。だから私も告発を考へたのだが、すでに札幌でなされてゐる事を知ってやめたのだった。今回は民事だが、違法との判断がなされたのは喜ばしい。願はくば、判決が確定してほしい。
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 皇位継承に関する有識者会議(通称)の報告書がまとめられ、首相に提出されたのは昨年12月だったと思ふが、良く意味が分からなかった。1月12日にそれが両院議長に手交されたのだが、その際も特に詳しい説明はなかった。

 今日、倉山満といふ人が22日に書いたものをwebで読んで少し分かった。https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E4%BB%8A%E3%81%AE%E6%AE%B5%E9%9A%8E%E3%81%A7%E7%9A%87%E4%BD%8D%E7%B6%99%E6%89%BF%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%AD%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%90%86%E7%94%B1-%E5%80%89%E5%B1%B1%E6%BA%80/ar-AAT4n5t?ocid=msedgntpしかし、別の意味でまた分からない。

 初めの「分からない」は、二つの案を柱とする」といふ事の具体的な意味が分からなかった。つまり、女性皇族は結婚後も皇族の身分を保持するといふ案と、養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とするといふ案は全く別の意味であり、それを両方採用せよ、と言ってゐるのか、どちらかを採用せよと言ってゐるのかが分からなかったのだ。しかも、これらが果たして安定的な皇位継承に役立つのか、単に皇族の数を確保するだけではないのか、といふ疑問もあった。また、もう一つの案もあるのだが、それは検討する必要がないといふ事なのか?もしさうなら案として出す意味があるのかといふ疑問もあった。

 倉山氏によれば、「有識者会議の清家篤座長は「この二つは、二択ではなく合わせて一つの案」と言い切った」さうだ。そして、具体的な形としてかう言ふ。

 :敬宮愛子内親王殿下には、女性宮家を創設、結婚後も皇室に残っていただく。そこに、旧皇族の男系男子孫の方がご結婚、婿入りしていただく。その折には親王宣下により、「陛下の息子」として婿入りしていただく。:

 この文章自体も分かりにくい。素直に読めば、愛子内親王が女性宮家を創設し、結婚して生まれた女子に旧宮家から婿養子を迎へる・・・となるが、これではおかしい。男子が生まれるかもしれないからだ。だから、言はんとするところは愛子内親王が宮家を創設し、その当主として旧宮家の男子を夫に迎へ、彼を天皇の婿養子として親王宣下するいふ事だらう。

 さて、ここでまた分からないのはその婿の立場である。親王宣下を受けるなら親王になるわけだが、その段階で皇位継承順位はどうなるのだらう。養子にするという事は息子にする事だから彼は天皇の子、すなわち皇位継承順第一位と考へられる。しかし、倉山氏はかう言ふ。

 :ここで誤解があるようだが、「昨日まで一般国民だった人が今日から皇族で明日から天皇」は、悠仁殿下に不測の事態があった時の不吉な話だ。:

 つまり、あくまでも皇位継承順は現行通りであり、彼は第三位とされてゐるのだ。なぜさうなのかの説明はない。ただ、このままでは数十年後、悠仁親王が即位したとき、周りには皇族がゐないといふ事態が想定されるから、彼を支へる皇族が必要としてゐる。であれば、愛子宮家は安定的な皇位継承のためではなく、天皇を支へる皇族確保のための存在でしかない。ただし、場合によっては皇位継承者を出す。また、悠仁親王の子孫にもそれは期待される事になるのだが、この方策が安定的な皇位継承を担保するとはとても思へない。

 ではどうするかと言へば、やはり性別に関わらず長子を継承順第一位とするのが良いだらう。しかし、以前書いたやうに、それでも数世代後に皇室は消滅する可能性が高い、と私は思ふ。
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https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E7%A7%8B%E7%AF%A0%E5%AE%AE%E3%81%95%E3%81%BE%E4%BC%9A%E8%A6%8B%E3%81%A7%E6%86%B2%E6%B3%95%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%8C%E6%84%9F%E3%81%98%E3%81%9F-%E6%88%B8%E6%83%91%E3%81%84-%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%81%8B%E3%82%89%E6%8A%BC%E3%81%97%E3%81%A4%E3%81%91%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F-%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%84%E3%81%AA%E5%9C%B0%E4%BD%8D-%E3%82%86%E3%81%88%E3%81%AE%E8%8B%A6%E6%82%A9%E3%81%8C/ar-AARs5nS?ocid=msedgntp
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 現在の皇室は光格天皇の系統である、と聞いた覚えがある、それも数回だ。どんな文脈でかは忘れてしまったが、何となく頭の片隅にしまはれてゐる。

 最近、眞子内親王の結婚に関連して皇室が取り沙汰されることが多いので、ふとその事を思ひ出し、「歴代天皇総覧」(笠原英彦・中公新書)を開いてみた。すると、以下のことが分かった。

 第118代後桃園天皇は病弱だったやうで、二十二歳で崩御した。この時子供は欣子(よしこ)内親王一人しかをらず、彼女が女帝として即位するといふ事にはならなかった。そして採られた方策は、閑院宮典人(すけひと)親王の第六皇子・祐宮師仁(さちのみやもろひと)を養子に迎へて即位させる事だった。それが第119代光格天皇である。そして欣子を皇后とした。わづか9歳での即位だったので、先々代の後桜町天皇(当時上皇)が支へた。

 ちなみに後桜町天皇は(今のところ)最後の女帝である。その即位は、後桃園天皇の伯母(父・桃園天皇の姉)として彼が成長するまでの中継ぎといふ性格だった。だから、この時も同じ理由で彼女が重祚する事もできたはづだが、女帝は避けたいといふ意識があったのかもしれない。

 話を戻す。光格天皇が生まれた閑院宮家は、第113代東山天皇の第六皇子が初代となった宮家で、光格天皇はその三代目、つまり東山の曽孫である。そして皇后との間に子はできず、女官との間にできた男児が仁孝天皇となった。そして孝明天皇・明治天皇・・・と続くわけである。

 ここで一つの疑問が浮かぶ。それは、光格天皇が養子に入った事に関連する。東山天皇の曽孫なら皇統に属する男系の男子であり、養子にならずともそのまま皇位継承権があるのではないか?といふ疑問だ。継嗣令では、親王より四世までは皇親(皇位継承資格者)とされてゐた。そして、江戸時代はまだ継嗣令が生きてゐたのだ。にも拘らず養子としたのはなぜだらう。私の理解が間違ってゐるのだらうか。さうかもしれない。

 とすれば、理由は血の濃さに関係するだらう。つまり、東山の血を引いてはゐるが、曽孫では遠いから欣子の血を重視したわけだ。ならば実態は婿養子と言へる。9歳で結婚とはあまりにも早い。適当な年齢になるまで待てない理由も「光格より欣子が重要」と考へざるを得ない。ならば仁孝天皇以下は変則的な女系天皇とも考へられる。


 これは6世紀の継体天皇を想起させる話だ。応神天皇の五世孫あるいは六世孫とされてゐるが、怪しいといふ見解も多い。仮にそれが事実であったとしても、先代武烈天皇の姉(妹?)で先々代仁賢天皇の娘である手白髪姫を娶る事で血の薄さを補った・・・、あるいは手白髪天皇でもよかったが婿養子として継体を迎へた・・・。

 私にはこれ以上追究できないが、光格天皇の即位事情に似てゐるのは確かだらう。
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 東京オリンピックが終わった。ほぼ半月後にパラリンピックがあるが、この時点で一応新型コロナとの関連を整理しておくのも意味があると思ふ。

 私はオリンピックはやるべきでないといふ意見だった。その理由は、コロナ蔓延を更に進める恐れがあるからだった。しかし、菅首相は「コロナに打ち勝った証としての開催」を目指してゐた。そして、選手ら関係者を外部と接触させない「バブル方式」なるものを「安全・安心」の根拠とした。さらに直前になって無観客を決定したが、これはさうしないと危ないといふ危機意識からだった。そして実際に開催され、日本の選手が金をはじめ多くのメダルを取って大いに盛り上がった一方、コロナの感染者は増え続けた。


 結局、緊急事態宣言が発出されてゐる東京で、バブルの綻びも指摘されながらも開催された。選手をはじめオリンピック関係者にも感染者が出たが、取り立てて多かったわけではなく、感染者の増加がオリンピック開催と直接つながってゐたわけではないので、バブル方式と無観客はなんとか成功したと言へるだらう。

 ただし、見方を変へれば次のやうに言ふ事ができる。オリンピックをやってるんだから少しくらい羽目を外してもいいだらう、といふ考へを抱く者がかなりゐたことは想像に難くない。「羽目を外す」とまでいかなくても、オリンピックに伴ふ移動もあるんだから我々の移動が制限されるのは理不尽といふ感覚を抑へ込むのは不可能だらう。したがって、オリンピック開催は間接的に感染蔓延に貢献したことになる。

 冷静に考へて、デルタ株の登場などから、開催してもしなくても感染は拡大したに違ひないが、開催によってその程度が少し上がったといふのが実態ではなからうか。また、よく言はれてゐる事だが、3・11からの復興をアピールするといふ当初の旗印はいつの間にか降ろされてしまった。「おもてなし」も、外国人と接触するのは運営関係者だけ、といふ「バブル方式」では大幅に意義を縮小された。


 確かに言へるのは「感染拡大の状況下でもオリンピックはなんとか開催できた」といふ事である。決して「コロナに打ち勝った」わけではない。そしてもう一つ、選手たちはよく頑張った。

 


 
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丸山恒平

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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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