今日は長崎に原爆が落とされた日だが、岡山大学で理学部教授を務めてゐた高校同期のO氏によれば、「そもそも原爆は軍事施設など強固な施設への破壊力は小さく、民間人や民家などが選択的に破壊されることは投下の時点ではっきり認識されていたので、兵器というよりは、殺人凶器と呼ぶのがふさわしい」といふ事だ。

 かういふ説明は今まで聞いた事がない。私の寡聞によるのかもしれないが、少なくとも盛んに言はれてきてはゐない。近年「大量破壊兵器」といふ言葉がよく聞かれ、それは核兵器が主なものと認識してゐるが、軍事施設をも破壊するといふイメージがある。72年前とは質が変化してゐるのだらうか。

 さておき、さういふ兵器を使ふのは非戦闘員を殺戮する事であり、東京大空襲などとともに許されざるべき戦争のやり方で、定かではないが戦時国際法なるものがそれを禁じてゐたやうに思ふ。いづれにしろ、これについて日本政府がアメリカに抗議してゐないのは不思議だ。韓国は慰安婦の件でしつこいほど日本に抗議してきたし、中国も南京大虐殺を抗議してゐる。いづれも正確な真実は確定されてゐないが、原爆は実態が明らかになってゐる。

 また、同氏は「実戦でその効力を確かめるために2度の投下が決められ、広島は平面地形、長崎は囲まれた地形であったことが選択理由であったようです」とも述べてゐる。つまり日本人は実験台にされたわけで、それは地形の事を除けば私も知ってゐた。戦争終結を早めるため、といふ理由もよく知られてをり、実際「本土決戦」には至らなかったのだが、それが免罪理由になるとも思へない。

 アメリカとはすでに65年間同盟関係にあり、歴代政権は常にと言へるほどその強化を掲げてきた。とはいへ対立する場面もあったわけで、同盟国だから抗議しないといふことにはならない。中韓も日本と国交があり、少なくとも建前としては友好親善を謳ってゐるが、それとこれとは別といふ姿勢なのだらう。日米間でも、友好とは別に「戦時中の非道を謝罪せよ」と言へるはづである。戦後のほとんどの期間が自民党政権であり、野党が「対米従属」と批判する事が多いが、その野党からも、原爆についてアメリカに抗議するといふ意見は聞こえてこない。対米従属を批判するのだから、仮にアメリカから睨まれても痛痒はないはづだ。ただし、少数の人がそれを主張してゐるのは知ってゐるが、影響力が小さいせいか、世論を形成するには至ってゐない。


 田原総一朗ではないが、政治生命を賭けてでも対アメリカ抗議を主張する有力政治家が現れないものだらうか。ひょっとすると、彼が首相に提案したのはその事?もしさうであってしかも実行すれば、安倍晋三をほとんど評価してゐない私も彼を見直すのだが・・・。
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この問題はあるサイトで2月か3月に知ったのだが、4月ころからTVでも扱はれるやうになった。その後どんどん広がり、国会でも取り上げられるに至ったのだが、未だに真相が明らかになってはゐない。しかし、前川氏の登場からかなり多くの情報が流れたので、自分なりの推測ができるほどにはなった。以下、それを書いてみる。

 加計学園は獣医学部を作りたいといふ希望をかなり以前から持ってゐたらしい。しかし、文科省には獣医学部の新設は不要といふ方針があり、それには獣医学会の意向が反映してゐたやうである。これが第一のポイントだ。

 一方、愛媛県は県の活性化のために学園都市構想を計画し、土地を用意していくつかの大学に話を持ち掛けたが、反応したのは加計学園だけだった。そこで両者の利害が一致したのだが、文科省の方針が壁となって実現できないまま年月が経過した。

 さて、安倍首相が規制緩和の一環として獣医学部の新設を打ち出した。それがいつの事か正確には知らないが、多分去年だらう。そして「岩盤規制」にドリルで穴をあけるといふ謳ひ文句で、自分の手柄とした。ところが、加計学園の理事長が彼の「腹心の友」だった事で、友達への便宜供与だったのではないかといふ疑ひを持たれる事になった。これが第二のポイントである。


 検討すべき第一のポイントは、獣医学部の新設が本当に不要だったのかである。安倍首相サイドの言ひ分によればさうではなく、獣医学会の身勝手が新設を阻んでゐただけである。つまり、既存の獣医たちや獣医学部が、自分たちの既得権を守るため文科省に働きかけ、文科省もそれに応へたといふ構図である。

 しかし、獣医の数は現状で不足はなく、従って獣医学部を新設する必要はないといふ指摘もある。それによれば、全国一律に過不足ない状態ではなく、いくつかの問題点もある。その主なものは公務員獣医の不足で、愛媛県もさうだったらしい。だが、それは公務員獣医の給与が低い事、ペット獣医を希望する者が多い事などが理由で、獣医を増やすのはその解決にはならず、むしろ供給過剰を招くだけといふ。


 第二のポイントでは、森友学園の問題と似た形になってゐる。最高レベルの公人である首相が、一私人たる自分の友人のためにその権力を使って行政を動かしたのではないか、といふ疑念だからだ。

 この点については、前川氏の発言が注目される。「官邸の意向」がキーワードなのだが、文科省内部からもそれを裏付ける文書などがポロポロ出てきた。それらに関する一連の動きからは、安倍首相の”友達優遇”が見え隠れする。前川氏と山本地方創世相の発言を比べると、どう見ても前者に分がある。真相はまだわからないが、安倍不利の公算が大きい。前川氏の「下半身ネタ」が取り沙汰されたのも、彼の人間性を貶める事で発言の信憑性を下げる狙ひだったやうに思はれる。

 もちろん、安倍首相が公式に認める事はあり得ないが、「広域的に存在しない地域に」「一校だけ」とされてゐたのに、今後は全国展開させると言ったのは明らかな矛盾で、加計学園の印象を薄めるための場当たり発言としか考へられない。自民党内にも「なんて事を言ってくれたんだ」といふ困惑があるらしい。「こんな人たち」もさうだったが、安倍晋三にはその場の感情に任せて不用意な発言をする傾向があり、総理大臣としては如何なものかと感じる。


 ともあれ、第一点について私に判断能力はないが、第二点はさほど的を外してはゐないと思ふ。仮に、一校くらいは新設してもよいといふのが実情だったにしても、その一校が加計学園になるやうに仕向けられた事はかなり事実に近く、それに安倍晋三の意向がが直接影響したかどうかは不明だが、「忖度」が働いた事は十分考へられる。


 
 ここまで書いた後、安倍首相も出席する閉会中審査がある事を考へてエントリーを保留してゐたが、それを見て最重要と思った一点に絞って追記する。

 前川氏と和泉氏の発言の差である。前川氏は、和泉氏が「首相の口からは言へないから私が言ふ」との前置きをして自分に伝えたと言った。一方和泉氏は、そんな事を言へば記憶に残るはづだが、記憶がないので言ってゐないと思ふとした。そして、伝へた内容は「スピード感を持ってやってほしい」といふ事だったと発言した。内容については前川氏も肯定したが、わざわざ前置きするからには加計学園の事だと思ったと言ふ。当時、首相と加計氏が親しい間柄である事を知ってをり、単に「スピード」の事なら首相の口からも言へるといふのがその理由だ。

 つまり、「首相の口からは言へないから」といふ前置きがあったかどうかが大問題なのだ。そしてそれは、言った言はないの水掛け論であり、どっちが信用できるかに帰着する。そこで両者の発言の仕方に注目すると、前記の通り、前川氏は明言してゐるが、和泉氏は明言してゐない。そこからは言ったのだらうといふ推測が優勢になる。

 一般に、「記憶にない」といふのは逃げ口上として使はれる事が多い。ロッキード事件で小佐野賢二が「記憶にございません」を連発し、流行語にもなった事を思ひ出したのは私だけではあるまい。れんほう氏は、安倍首相への質問に立った中で「都合の良い事は記憶が確かで、都合の悪い事は記憶がない・記録がない・・・」と指摘してゐた。これは、多くの国民が感じた事だらうと思ふ。

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 105歳で亡くなったといふニュースが流れ、その18日から今日にかけて彼の業績などが紹介されてゐる。

 私は、100歳を超えてなほ現役の医師として活動してゐる、といふ事以外は知らなかったのだが、お陰で色んな事がわかった。大きく評価すべきなのは、予防医療分野での功績だらう。「成人病」を「習慣病」に変更する事を提唱し、ほぼ20年後に厚生省が「生活習慣病」を採用したさうだ。また、予防のための検査を推奨し、それが新聞記者によって「人間ドック」と名付けられた。その際、国会議員をターゲットにしたのは素晴らしい発想だと思ふ。休会中は時間的余裕があり、収入も多いし、当人たちも健康維持の大切さを知ってゐると考へられるのだが、それに気づくのは簡単ではない。あるいはアドバイザーがゐたのかもしれない。

 また、よど号ハイジャックの時に乗客だったさうで、その際死を覚悟し、生還してから自分の命を人のために使ふ事を決めたといふ。乗客はたくさんゐたが、さういふ決心をした人はおそらくわづかで、実践したのはさらに絞られるはづだ。やはり卓越した意識の持ち主だったと思はれる。

 前述の予防医療普及のために、「ライフプランニングセンター」を設立したのだが、その際笹川良一の資金提供を受けたといふ。問題のある人物の資金でも有効に使ふなら問題ない、といふ意見だったさうだ。60年安保のとき、全学連が田中清玄から資金援助を受けてゐた事を批判した共産党の狭量さと比較せずにはゐられない。まあ、違ふ要素もあるから一概に言へないのだが・・・。

 面白いのは、「74歳まではジュニア、75歳からがシニア」と言ふ分け方だ。私は常々、65歳からを高齢者とする区分けに異を唱へてゐるが、74歳までをジュニアとする事は思ひもよらなかった。日野原氏の方がずっと先進的である。この事で一遍に彼を好きになったが、遅きに失したか・・・。
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「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も寝られず」

 この狂歌は高校の日本史で知り、うまいものだと感心したのだが、その時以来、ペリーが率いてきた艦隊は4隻の蒸気船だと思ってゐた。しかし、実際には2隻だった。確かに黒船は4隻だったのだが、うち2隻は帆船だったのだ。

 その事を知ったのは、佐藤賢一の小説「ペリー」によってである。幕末は数知れないほどの小説やドラマで描かれてゐるが、アメリカ側の視点でのものはほとんど知らない。実際にもわづかしかないと思はれるが、これは私が知る唯一の作品だ。ひと月前に図書館で見つけ、借りてきたのだが、あまり面白くなく、期限の2週間で1/4くらいしか読み進めなかった。章立ては三つで、「アメリカ」「アジア」ジャパン」となってをり、その感想は「アメリカ」の部分だったが、「ジャパン」を読まずに返却するのは意に染まないので、再度借りて読破したのだが、やはり「ジャパン」は面白かった。

 さて、ペリーは10隻以上の艦隊で来るつもりだったらしい。当時アメリカは、インド洋から中国にかけて東アジア艦隊を展開してゐたといふ。その一部を日本に派遣することとし、司令官にペリーを指名したのだが、アヘン戦争や太平天国の乱の影響から彼の要求を大幅に下回る4隻になったのだった。ペリーは、大艦隊で江戸に乗り込み、威圧的に開国を迫るといふ戦略を立てたのだが、出鼻をくじかれる格好になった。しかし、4隻でしかも半分は帆船といふ陣容でも江戸幕府を驚かせるには十分だった事になる。

 ところで、ペリーは長崎が唯一外国に開かれてゐたのを知ってゐたが、そこに入ると、オランダの干渉を受けかねないので、いきなり江戸を目指したのだった。ついでながら、私はペリーが太平洋を横断してきたものと思ひこんでゐたのだが、実際は東海岸から所謂インド航路で上海へ、そして琉球に立ち寄り、さらに小笠原諸島を経由して江戸湾に向かったのだった。スエズ運河もパナマ運河も未開通の時代なので、考へてみれば当然だったが、学校で経路を教へられた記憶はない。

 ともあれ、浦賀で初めて現地の役人と交渉し、親書の受け取りなどは長崎以外ではできないといふ当初の返答から、ここで受け取るといふ譲歩を得る。ただし、受け取るだけで、それ以外のことはできない。ペリーは再訪を告げて一旦去る。

 そして翌年、条約締結といふ最終目標のために再訪するのだが、その会談の場所が横浜だった。その際、前年には間に合はなかった贈答品を渡す。たっぷりあったやうだが、目玉は蒸気機関車と電信設備だった。機関車は本国で走ってゐるものの1/4スケールだったが、周回線路を敷いて走らせた。日本人は、遊園地での子供のやうに喜んで乗ったらしい。また、電信は電柱を敷設し、1マイルの電線を引いて、日本人に通話させたさうだ。

 それらの「お土産」については、これまで全く知らなかったので新鮮な驚きだった。更なる驚きは、日本の知識人は蒸気機関の原理を知ってゐたといふ事だった。ペリーも驚いたらしいが、オランダとわづかながら交流がある事や、それまでの現地見聞で日本の技術力や識字率の高さに気づいてゐた事から納得できた。そして、機械工業を導入すればさほど時間をかけずにアメリカに追いつくのではないかと予測する。

 さういふペリーの認識は、主要参考文献のトップに彼の「日本遠征記」が挙げられてゐるので、フィクションではないと思はれる。ちなみに、これは1948~55年の岩波文庫となってをり、元の出版物がいつかはわからない。また、20009年の翻訳も挙げられてをり、これは原典のおよそ150年後になる。 さておき、彼の予測は中らずと雖も遠からずと言へるだらう。WIKIによれば、1893年に初の国産機関車が製造されてをり、20世紀に入ると量産体制ができてゐる。さらに約30年後、満州で世界トップレベルの「あじあ号」が走る事になる。


 本の感想文のやうになってしまったが、蒸気船の数が「たった四杯」ではなかった事が面白くて「ちょっと面白いこと」のカテゴリーにした。
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 この記事はちょっとした驚きだった。ヤフーニュースは偶に見ることがあるが、そこにコメント欄があるのは知らなかった。当然コメントの傾向も知らないが、この記事によると、ネトウヨの巣窟だったさうだ。「だった」と言ふのは、最近それが変化してゐるからだ。それには、同一人物が複数アカウントを使ふ事を禁じたのがかなり影響してゐるらしい。ヤフコメは一アカウント一回のみとされてゐるが、たくさんのアカウントで同内容のコメントを大量に書き込むといふ事が可能だったさうだ。それができなくなった事でネトウヨのコメントが激減したらしい。記事から一部引用する。

: 立教大学の木村忠正教授(ネットワーク社会論)とYahoo!ニュースが、2015年4月の1週間に配信した政治や社会など硬派なテーマの記事約1万件と、それに対するヤフコメ数10万件を共同で調査。すると、実に1週間で100回以上コメントを投稿した人が全体の1%おり、その1%の人たちによる投稿で全体のコメントの2割を形成していたことがわかったという(朝日新聞デジタル17年4月28日):

 ヤフーニュースを確かめてみると確かにコメント欄があり、コメントに「そう思う」「そう思わない」をポチする機能がついてゐた。してみると、「そう思う」をポチする回数の制限はできないと思はれるので、ネトウヨが複数回やった事も十分考へられる。それによって「共感順」が上がり、ますます目に触れる機会が多くなる。

 さて、その規制がなされた6/5以降、「ネトウヨの巣窟状態」に変化が起きたのだが、都議選での安倍晋三の応援演説に関するニュースには、安倍批判のコメントが大量にあったし、その前にも、稲田朋美への批判コメントがたくさんあったといふ。そして、従来はたくさんあった安倍や稲田への賛辞は影を潜めたさうだ。もちろんなくなったわけではないが、「共感順」が下がって目につかなくなったのだと思はれる。


 ところで、安倍の「こんな人たちに負けるわけにはいかない」といふ発言には、重大な意味がある。「民主主義をわかってゐない人物が民主主義国の総理大臣を務めてゐる」事を示してゐるからだ。

 確かにヤジは品のいいものではない。しかし、上品な会議以外ではヤジはつきもので、国会でもよくある事だ。問題の場面は、街頭での選挙運動といふ、政治家と一般国民が直に接する事のできる数少ないチャンスだ。聴衆の多くは演説する政治家を支持する人だらうが、反対の立場の者もゐる。さういふ者がヤジを飛ばすのはそのチャンスを生かす行為で、支持者が「さうださうだ」などと賛同の声を挙げるのと本質的に同じである。

 そのヤジは左翼が組織した集団によるもので、「左翼に負けるわけにはいかない」といふ意味だから問題はない・・・との言説があるが、これは状況を弁へない暴論だ。街頭演説は言論の自由の一環で、それへの反論も同様だ。ヤジは反論ではないが、演説できない立場から反対の意思表明をする事に他ならない。もっとも、「帰れ!」コールだったやうなので演説内容への反対表明とは言へないが、前述のやうに数少ないチャンスを有効に使った安倍批判である。演者たる安倍は、耳を傾ける必要はないにしても直接の声として聴いておくべきなのだ。大人ぶった者は、新聞や雑誌に投稿したり、選挙で意思表明せよと言ふかもしれないが、ヤジはそれよりはるかにインパクトがあるし、効果もすぐに期待できる。その事を、安倍支持者も含めて国民はよく知ってゐるのだ。

 それと、左翼が組織云々は当たってゐるかもしれないが、外れてゐる可能性も大いにある。仮に私がその場にゐたら、やはり「帰れ」とか「もう辞めろ」とかのヤジを飛ばしただらうが、個人としての行動である。聴衆の中にさういふ人がある程度ゐるのは自然な事だからだ。

 「こんな人たち」といふのは、さういふ健全な発言者を愚弄するもので、組織的なヤジであっても本質的には同じである。安倍晋三にはその事がわかってゐない。百歩譲って、わかってはゐるが組織的なヤジとさうでないヤジを区別したのだとしても、その場で聴衆にその事がわかるはづはないし、報道で知る全国の民衆にとっても同じだ。そして実際には、区別云々は後での言ひ訳に過ぎない事を多くの国民は見抜いてをり、だからこそヤフコメがさういふ状況になったのだらう。


 そんなわけで、この記事も「望みが出てきた」と感ずるに十分なものだった。
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丸山恒平

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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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