「大義なき解散」による総選挙が終盤にさしかかってゐるが、メディアの予測では自民党が勝ちさうである。現有議席を減らすとしてもわづかで、増える可能性の方が高いらしい。従って単独で過半数を獲るのは確実、公明党は現状維持になりさうで、与党が三分の二を占める事も十分ありさうである。安倍首相は「与党で過半数」を勝敗ラインとしてゐたが、それは希望の党ができる前のものであり、激変した野党の様相によって情勢も変化してゐる。

 野党の様相と言へば、当初は実に分かりにくかったが、公示を経て少し分かりやすくなった。小池百合子は、安倍一強を終わらせると言ってゐたが、政策面では自民党と大きな違ひがなく、単に安倍を首相の座から降ろしたいだけのやうである。前原民進党は、やはり安倍政権を倒したいのだが、その方法として野党の共闘ではなく一本化といふ道を選んだ。しかし、政策に関する踏み絵を提示されて分裂する事になった。これが小池前原会談でどこまで話されてゐたのかが疑問だが、枝野の新党結成を「想定内」と発言したので、どうやら知ってゐたと思はれ、ならば裏切りと言へるだらう。

 だから、枝野の行動は筋を通したものだが、それに加わる者が少ない事には失望した。それでも30議席ほどを獲れさうだと予測されてゐるのは、私と同様に考へる人がかなりゐる事を示してゐる。

 前原は元々民進党内の右派と言はれてをり、小池と合流したのは、アメリカ流の二大政党を目指したものだらう。アメリカは、社会主義・共産主義といふ意味での左翼は無視できるほどであり、資本主義社会を全面的に肯定した上での二大政党が時々政権交代を演じてゐる。ソ連崩壊で共産主義の敗北が明らかになり、数少ない共産主義国家も資本主義の様相を呈してゐる現代、その方向は世界史的必然なのかもしれない。

 であるならば、共産党や社民党は衰退するのが当然の流れで、その存在意義は根本的に反自民といふ点だらう。立憲民主党も上記の意味での左翼ではないが、根本的な部分での反自民といふところで彼らと共闘できるだらう。

 かくして、三極構造となった今回の総選挙は、自公が300~310、希望が70~80、立憲・共産・社民が60~70、残りがその他といふ結果になりさうである。二大政党とは言へないが、あと数回選挙があれば、立・共・社が凋落してアメリカに近くなるかもしれない。

 ともあれ、閣議決定で憲法解釈を変更し、それに基づいて強引に成立させた安保法制を支持する勢力が三分の二どころか85パーセントほどを占め、そのトップが安倍晋三といふのは、重大な事態である。その先には戦前回帰の改憲が想定されるからだ。この予測が当たるならば、日本の黄昏である。黄昏の先には暗闇が待ってゐる。アメリカが主導する戦争に協力し、その状況のもとで個人の自由がどんどん制限される事になりかねない。仮に改憲しなくても、解釈変更と安保法制、更には特定秘密保護法が有効である限り、その危惧は消えない。時事通信のオンライン記事(10/13)によれば、昨年夏に、安倍は改憲は必ずしも必要ではなくなった、なぜなら安保法制が成立した事で集団的自衛権の行使についてアメリカから要請がなくなったからだ、と田原総一朗に語ったといふ。これほど明確にアメリカの意向に沿ふ政治を認めるのは珍しいが、分かりやすいとは言へる。

 願はくは、まだ投票先を決めてゐない半分強の有権者の票が立・共・社グループに流れてほしいものである。さうならないとすれば、70年経って定着したかに見える日本国憲法の根幹を、実は多くの人が理解してゐないとせざるを得ない。敢て言へば、私の予想は悲観的である。
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 あるきっかけで薪ストーブを思ひ出し、次々に連想が起きた。物心ついた頃、我が家の暖房は薪ストーブだった。燃料の薪は長さが30センチほど、断面はほぼ三角形で、一辺10センチほどだったと思ふ。それは、さういふ長さで直径20センチくらいの円柱形のものをマサカリで割って作られる。私も小学校3~4年からやった。その円柱形のものは、90センチくらいのものを丸鋸で三等分するのだが、それは専門業者がやった。

 この薪を切る業者は、冬支度の頃にどこからともなく現れ、各家庭の庭先などで作業をしてゐた。小学生になった頃にはさういふことが分かってゐたやうだが、これを飽きもせず眺めてゐた。エンジンを始動させると、その回転がベルトで鋸の中心軸に伝はり、多分エンジンの2~3倍の速さで鋸が回る。その鋸に向かって薪を押し進めると、キーンといふ金属音を立てながら薪が切れていく。完全に切れると、エンジン音だけが響く。これを繰り返すわけだが、私や幼馴染みは「チードンドン」と名付けてゐた。「チー」が薪を切ってゐる時の音、「ドンドン」がエンジン音である。おそらく簡単な2サイクルエンジンなので、さういふ音の印象だったと思はれる。

 さて、切断する前の90センチほどのものがどこからどのやうに運ばれてきたのか、これが全く分からない。まあ、燃料店から買ったのは間違ひないので、問題は運搬手段である。当時、四輪トラックは稀にしか見かけず、オート三輪が活躍した時代だったが馬車もかなり使はれてゐた。しかし、いづれにせよ薪を積んだ馬車やトラックを見た記憶がないのだ。

 考へられるのは、学校に行ってゐる時間帯に運ばれてゐたといふ事だ。一応納得できるものの、ほとんどの家が薪ストーブなのでかなり頻繁に運んでゐたはづなのに、一度も見た事がないのはやはり不思議である。また、切断前のものを家で見た記憶もない事に今気づいた。もし記憶が正しければ、長いものが到着すると同時に丸鋸業者が「チードンドン」をやった事になる。であれば、業者は「どこからともなく現れる」のではなく、薪の運搬とセットで燃料店からやってきたのだらうが、本当にさうなのか・・・。

 かういふ場合は8歳年長の兄に聞いてみるのがよく、先日電話してみたが、やはり運搬してゐるのを見た記憶がないさうだ。また、不確かながら、丸鋸業者は地域を流して注文に応じてゐたといふ記憶だった。であれば、ある期間長いものが置いてあった事になる。父母ならすべて分かるはづだが、残念ながらもうこの世にはゐない。
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 高校同期のブログで、ある同期生が紹介してゐるのを読み、面白さうだと思った。図書館で探してみるとあったので、早速借りて読んだ。著者はシクルシイ、またの名を和気市夫(わき・いちお)といふ人物で、和人とアイヌのハーフである。自伝なのだが、2000年に82歳で他界した彼の、誕生から1945年までの27年間しか書かれてゐない。読了してそれ以後の事も知りたくなったが、それは姉妹書と言へる「戦場の狗」に書かれてゐるらしい。

 さて、彼は天才だ。4歳にして高等小学校2年に編入され、それからの4年間で中学(もちろん旧制)卒業以上の学力を身につけ、8歳で旭川商業学校(現旭川商業高校)2年に編入される。さらに3年後、満鉄傘下のハルピン学院にわづか11歳で入学する。合計7年の間、学校の教師二人が個人授業をしたのだが、ひたすら勉強したのだった。あとでわかったのだが、それらはすべて松岡洋右によって計画されたものだった。

 松岡は、優秀な少年を捜し出して将来のために英才教育を施すといふ事を明治末期頃からやってゐたといふ。50人ほどが選ばれたが、ほとんど彼の目標達成には至らなかったやうだ。シクルシイは最後の「選ばれし者」だった。それにしても、屈斜路湖畔のコタンの幼児にたどり着いたのはすごい情報収集力だと思った。また、旭川商業学校の担任は、シクルシイのために師範学校でスカウトされ、当校に赴任してゐたのだったし、釧路の小学校教師は元々そこにゐた人だが、シクルシイのためには学校を辞めてもいいと言はれたさうで、それにも驚かされた。個人教授を含めた学費・釧路や旭川での生活費は国費で賄はれた。松岡は、彼を個人的な密偵にするのだが、それは国家のためであり、だからこそ国費が投じられた。密偵とはスパイであり、多くの外国語や格闘技、銃器の扱ひや暗号なども特訓される。それらはハルピンで行はれたのだが、「ゴルゴ13」の「日本人東研作」にあった特務機関での訓練を思ひ出させたが、彼も研作(ゴルゴとは別人だったが)のやうにすべてを会得した。それに先立って、松岡が面接してこれまでの経過や意図を教へたのだが、世界平和のためといふのが遠大な目標だった。松岡と言へば国際連盟脱退、日本が孤立して三国同盟から大戦へ・・・となる要因を作ったといふ理解をしてゐたが、どうやら本心に反するものだったらしい。

 その後、ロックフェラー財団に属する燕京大学(現北京大学)に進み、ある教授の助手として世界各地を回るのだが、そこへの進学は13歳の時だ。驚くしかない。

 20歳の時、渡ってゐたアメリカから帰国するのだが、それは徴兵のためだった。しかし普通の兵ではなく、いきなり陸軍憲兵少尉となる。そして、松岡から与へられた任務は大陸での日本軍の非道行為の真偽確認だった。その調査のため、銀を扱ふ商人になりすましたり、苦力(クーリー)になるなどいかにもスパイといった行動を取るのだが、そのあたりは実に面白かった。

 面白かったと言へば、旭商時代11歳の時の冬休みの事件がある。故郷の村で過ごすのだが、郵便局で年賀状配達のアルバイトをする事になった。ある日、局長の息子(14歳)と二人である地区を配達する。途中で手分けする事を提案され、承諾する。終わって合流場所に赴くと、自分より多い量を受け持った彼がすでにゐて焚き火をしてゐた。ずいぶん早いなと思ひ、それを言ったが適当にはぐらかされる。

 ところが、その息子は自分の持ち分のかなりの部分を配達せずに燃やしてしまってゐた。しかも、配達した家ではシクルシイと名乗ってゐた。年賀状が届かなかった家々の者たちが郵便局に苦情を言ひにくると、局長は彼らに金を渡した上で、皆の名でシクルシイを訴へるよう依頼する。それらの事が、被疑者として旭川から連れてこられたシクルシイを交へての審問の場で明らかになる。その事件を扱った検事はきちんとした人物で、局長やその息子、さらにはそれに荷担してゐた村長を糾弾する。

 この事件は、当時あったアイヌ差別の中でも悪質なもので、和人より劣ってゐるはづ?のアイヌとのハーフであるシクルシイが飛び抜けて優秀であることへの嫉妬も大きな要因だったのだらう。もっと前には、シクルシイの母親への電線泥棒といふ讒訴もあった。その際、わづか5歳のシクルシイは、電線の重さを提示するなど、警察官も舌を巻く論理的な主張で讒訴を論破するのだが、彼にとっては何ほどの事でもなかった。


 ところで、この自伝は1989年、著者が77歳のときに書かれてゐる。ざっと70年も前の事が昨日のことのやうに再現されてゐる。読みやすい文章で書かれてをり、会話もふんだんにある。もちろん当時の会話そのままではないだらうが、果たしてこんなに鮮明に書けるものかといふ疑問が涌いた。しかし、加藤昌彦氏の「解説にかえて」によれば、本人が「過去の情景がそのまま甦って来る」と言ったさうだし、本文中でも、小学校時代の教師が校長の質問に答へて「ずばぬけて記憶力がいい」「教えたことは、全部憶え込んでしまいます」と言ってゐる。してみると、やはり本物の天才で、作中の情景描写や会話などもほとんど信用できるのだと思った。ついでながら、所々に著者の手による挿絵があり、簡潔で的確な描画と感じた。


 閑話休題。シクルシイは1945年8月15日、つまり日本敗戦の日に国民政府軍に逮捕される。後に軍事法廷で戦犯として裁かれる予定だったが、それまで北京で拘束される。その際拷問を受けるが耐え抜く。ただ、責任者の大佐は道理がわかる人物で、拷問した者を叱責し、謝罪する。軍事法廷、所謂東京裁判は松岡洋右を戦犯容疑者とし、シクルシイはその参考人でもあったが、松岡の病死によって不起訴となる。しかし、本作品はそれに触れず、裁判のために送還され、佐世保に上陸したところで終わってゐる。


 ここで、タイトルについて少し書いてみる。「まつろはぬもの」といふのは、日本書紀で何度か使はれ、そこでは大和朝廷(の前身)に従はない者(の集団)を指してゐる。現代ではほとんど使はれないが、国家権力に従はない者といふ意味だ。国家権力の中枢にゐた松岡に従ひ、帝国陸軍の軍人となった著者がなぜ「まつろはぬもの」なのか・・・。これはおそらく彼のアイデンティティに関はる。父親は和人だが、ほとんど妻子を捨てたやうな状態であり、シクルシイは父を憎んでゐる。母親はコタンのエカシ(長老)の娘で、子供もアイヌの教へに従って育ててゐる。シクルシイは母を慕ひつつ教へを守ってをり、ハーフではあるがアイヌ人といふ自覚が強い。作品の終わり近く、帰国の少し前に例の大佐との会話があるのだが、その中で「日本人の君が云々」といふ大佐の言葉に対して、「僕は日本人ではありません。アイヌ人です」と言ってゐる。ここでは、国籍ではなく民族として「日本人」「アイヌ人」と言ってゐるわけで、民族としては大和民族に「まつろはぬ」事の表明と考へられるのだ。日本国とアメリカ合衆国の教育を受け、日本国のために働いたが、その目は世界に向けられ、胸にはアイヌ民族としての誇りを抱いての一生だった。その事が本作品のタイトル、そして著者名からも窺はれる。
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 15日にまたJアラートが鳴った。その日はゆっくり寝てゐられるはづだったが、自然な目覚めよりおそらく2時間ほど早く起こされてしまった。またも北朝鮮のミサイル発射である。TVが危機感を募らせるやうな報道番組を流してゐたが、言葉の本来の意味での「杞憂」だと私は思ふ。

 杞の国のある男が、天が崩れ落ちてくるのではないかと心配し、食事ものどを通らず夜も眠れずにいた、といふのが「杞憂」の由来だが、細かく言ふと、月や星が落ちてくることも心配したらしい。日本に落ちる心配のないミサイルにJアラートやエムネットをを発動して騒ぎ立てるのは、まさしく彼の心配と同じだ。不安を抱きながら屋内でじっとしてゐたといふ人もゐるやうで、それには失笑したが、自治体や報道機関の職員などは緊急出勤せざるを得ず、時間外手当だけでもかなりの損失だらう。また、交通機関が一時的にストップしたのも損失で、もしあと30分くらい遅ければ企業の活動にも影響が出ただらう。

 そんな損失を強いてまで発動させるのは、安倍政権の策略といふ印象がある。つまり危機感を煽って安保法制の正当化や戦争ができるやうにする改憲への機運を高める狙ひだ。私は、自衛隊の明確な位置づけや自衛戦争を肯定するための改憲には原則賛成の立場だが、理屈でなくムードで進めるのには賛成しない。特に安倍晋三は戦前回帰を目論んでゐるので、彼の思想が色濃く出る改憲には絶対反対である。

 Jアラートに敏感に反応する人は、失礼ながら判断力に乏しいと思ふ。しかし、ウソでも繰り返し言はれるとついには真実と思ってしまふのは人間の性で、ヒトラーはそれを利用した。安倍もヒトラーに倣ってゐるのかもしれない。やはり、彼にはできるだけ早く首相の座を降りてもらひたいものだ。

*9/27追記
 明日、臨時国会の冒頭で衆議院が解散される運びとなった。大義なき解散と言はれてをり、全くその通りなのだがもはやその流れを止める事はできない。この上は、安倍退陣が余儀ないほどに自民党を負けさせる事が望ましい。勝つのは、民進党でも希望の党でも共産党でも構はない。

 
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 「学び舎」といふ出版社があり、中学校の歴史教科書を発行してゐるといふ。ほかの出版物は知らないが、その教科書を採択した学校に対して文書で抗議するといふ動きがあったらしい。抗議の理由は慰安婦問題に触れてゐる事で、さういふ教科書はこれだけだが採択したのは少数の私立学校だった。

 その方法は大量の葉書を送りつけるといふもので、詳しくは下の()内にリンクさせたページにある。いかにもありさうな話だが、学校に抗議するのは本来筋違ひだらう。その教科書は文科省の検定を通過した複数のうちの一つだからだ。慰安婦問題に触れてゐるのが気に入らないなら、文科省に抗議するのが筋である。

 おそらくかういふ事だらう。文科省に抗議しても門前払ひに近い対応をされると思はれるし、仮にきちんと対応しても最終的には拒否されるだらう。奇跡的に成功して次回の検定には通らないといふが起こったとしても、かなり時間がかかる。出版社に抗議するのは自由な言論に対する妨害だからできるはづがない。そこで採択した学校への抗議といふ形をとったのだらう。

 学校の判断を批判するのは自由だが、脅しのやうな文言で「抗議」するのはまともな批判ではない。それらの学校は圧力と感じ、自由な教育の抑制を懸念してゐる。その圧力に屈するとは思へないが、じわじわと影響を与へる虞がないとは言へない。(以上は二つあったリテラの記事で知った事を基にしてゐるが、二つ目にはNHK「クローズアップ現代」の内容紹介もある)

 かういふ動きの元になってゐるのは、戦後の歴史学、特に近代史学を「自虐史観」によるものとし、日本は正しかったとする考へ方である。それに対しては歴史修正主義といふ批判があり、現代における大きな思想対立の軸となってゐる。



 ところで私には、「自虐史観」を批判するネット上の友人がゐる。彼によれば、自国の歴史における負の部分を正当化するのは当然の事で、負の部分を負として捉へるのは心の病に冒されてゐるのだといふ。負の部分の正当化は、精神分析で言ふ防衛機制のうちの「合理化」に相当し、それがができないのは心の病、従って「自虐史観」を持つ者は心を病んでゐるといふわけである。

 私は精神分析や心理学の素人だが、少し勉強したり詳しい友人に尋ねたりして一応理解したところによれば、防衛機制は主に心の安定のために発動されるが、その態様によって肯定的にも否定的にも働き得る。従って、「合理化」すれば健全な精神状態でゐられると断定できるわけではない。また、心が安定してゐれば「合理化」を含めて防衛機制の出番はなく、「合理化」しない事が心を病んでゐる事の証明になるわけでもない。

 精神分析は難解だし、「精神分析事典」(小此木敬吾・北山修編)によれば、防衛機制の研究は発展途上らしく、諸説あって整理は未だ不十分との事だ。多少齧っただけの自分に上記(100%正しいといふ自信もない)以上の事は言へないが、精神分析の理論を歴史を見る態度に適用する事の是非については言へる。自国の歴史を自分自身の過去を見るやうに見る、といふ事はあっても不思議ではないが、それが当然の態度であり、従って心理学や精神分析の理論が適用できると考へるのは乱暴に過ぎる。と言ひながらも、敢て当該部分に限って適用すれば、負の部分を正当化しないからと言って心の病と「診断」する事はできないと考へるべきだらう。

 そもそも、自国の歴史を学ぶ(研究する)にあたって、負の部分を負として認識し、将来の参考にするのはあるべき姿勢であり、負の部分を正当化するのは、それに反する。もっとも、負の部分の認識が実は誤ってゐたといふ事もあらう。過去に正しいとされてゐた事が歴史学や考古学の進展によって誤りと判明し、訂正されるのは正負に関係なく時々あり、学問の成果として受け入れるべき事だ。しかし、例へば「大陸進出は侵略ではなかった」「南京虐殺はなかった」などといふのは歴史の捏造である。当時の日本は非難されるやうな事はしてゐないといふ先入観の下に、定説と少しでも違ふ部分を探し出し、それを針小棒大に言ふ事によって、その先入観があたかも正しい認識であるかのやうに粉飾してゐるのだ。「歴史修正主義」とされる所以である。

 件の友人は、さういふ事まで肯定してゐるわけではないが、負の部分に対して、「さうせざるを得なかった」「それなりの理由があった」などの正当化を積極的に肯定する。その正当化には相応の理解ができるが、国民としては正当化するのが当然でしないのは心の病、と断ずるに及んでは、心理学的知見(正しいか否かはさておき)を安易にに適用した暴言と言はざるを得ない。


 ともあれ、史観を要因とする思想対立は、今後も続くばかりか激化すると予想される。歴史修正主義に近く、明治憲法の方向に戻す改憲を狙ふ安倍晋三が首相を務めてゐる現在、その勢力は水を得た魚のやうであり、「学び舎」の教科書の件もその一つの現れだらう。まだ少数派であるとはいへ、一般大衆は声の大きい方に引きずられる傾向を持ってゐるから、安倍政権が更に長引くと少数派とは言へなくなるかもしれない。
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丸山恒平

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