この記事はちょっとした驚きだった。ヤフーニュースは偶に見ることがあるが、そこにコメント欄があるのは知らなかった。当然コメントの傾向も知らないが、この記事によると、ネトウヨの巣窟だったさうだ。「だった」と言ふのは、最近それが変化してゐるからだ。それには、同一人物が複数アカウントを使ふ事を禁じたのがかなり影響してゐるらしい。ヤフコメは一アカウント一回のみとされてゐるが、たくさんのアカウントで同内容のコメントを大量に書き込むといふ事が可能だったさうだ。それができなくなった事でネトウヨのコメントが激減したらしい。記事から一部引用する。

: 立教大学の木村忠正教授(ネットワーク社会論)とYahoo!ニュースが、2015年4月の1週間に配信した政治や社会など硬派なテーマの記事約1万件と、それに対するヤフコメ数10万件を共同で調査。すると、実に1週間で100回以上コメントを投稿した人が全体の1%おり、その1%の人たちによる投稿で全体のコメントの2割を形成していたことがわかったという(朝日新聞デジタル17年4月28日):

 ヤフーニュースを確かめてみると確かにコメント欄があり、コメントに「そう思う」「そう思わない」をポチする機能がついてゐた。してみると、「そう思う」をポチする回数の制限はできないと思はれるので、ネトウヨが複数回やった事も十分考へられる。それによって「共感順」が上がり、ますます目に触れる機会が多くなる。

 さて、その規制がなされた6/5以降、「ネトウヨの巣窟状態」に変化が起きたのだが、都議選での安倍晋三の応援演説に関するニュースには、安倍批判のコメントが大量にあったし、その前にも、稲田朋美への批判コメントがたくさんあったといふ。そして、従来はたくさんあった安倍や稲田への賛辞は影を潜めたさうだ。もちろんなくなったわけではないが、「共感順」が下がって目につかなくなったのだと思はれる。


 ところで、安倍の「こんな人たちに負けるわけにはいかない」といふ発言には、重大な意味がある。「民主主義をわかってゐない人物が民主主義国の総理大臣を務めてゐる」事を示してゐるからだ。

 確かにヤジは品のいいものではない。しかし、上品な会議以外ではヤジはつきもので、国会でもよくある事だ。問題の場面は、街頭での選挙運動といふ、政治家と一般国民が直に接する事のできる数少ないチャンスだ。聴衆の多くは演説する政治家を支持する人だらうが、反対の立場の者もゐる。さういふ者がヤジを飛ばすのはそのチャンスを生かす行為で、支持者が「さうださうだ」などと賛同の声を挙げるのと本質的に同じである。

 そのヤジは左翼が組織した集団によるもので、「左翼に負けるわけにはいかない」といふ意味だから問題はない・・・との言説があるが、これは状況を弁へない暴論だ。街頭演説は言論の自由の一環で、それへの反論も同様だ。ヤジは反論ではないが、演説できない立場から反対の意思表明をする事に他ならない。もっとも、「帰れ!」コールだったやうなので演説内容への反対表明とは言へないが、前述のやうに数少ないチャンスを有効に使った安倍批判である。演者たる安倍は、耳を傾ける必要はないにしても直接の声として聴いておくべきなのだ。大人ぶった者は、新聞や雑誌に投稿したり、選挙で意思表明せよと言ふかもしれないが、ヤジはそれよりはるかにインパクトがあるし、効果もすぐに期待できる。その事を、安倍支持者も含めて国民はよく知ってゐるのだ。

 それと、左翼が組織云々は当たってゐるかもしれないが、外れてゐる可能性も大いにある。仮に私がその場にゐたら、やはり「帰れ」とか「もう辞めろ」とかのヤジを飛ばしただらうが、個人としての行動である。聴衆の中にさういふ人がある程度ゐるのは自然な事だからだ。

 「こんな人たち」といふのは、さういふ健全な発言者を愚弄するもので、組織的なヤジであっても本質的には同じである。安倍晋三にはその事がわかってゐない。百歩譲って、わかってはゐるが組織的なヤジとさうでないヤジを区別したのだとしても、その場で聴衆にその事がわかるはづはないし、報道で知る全国の民衆にとっても同じだ。そして実際には、区別云々は後での言ひ訳に過ぎない事を多くの国民は見抜いてをり、だからこそヤフコメがさういふ状況になったのだらう。


 そんなわけで、この記事も「望みが出てきた」と感ずるに十分なものだった。
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 都議選が終わり、小池知事の与党「都民ファーストの会」が圧勝した。自民党は57から23に激減、過去最低は38議席ださうで、それを大幅に更新した「惨敗」である。原因は色々分析されてゐるが、ここ半年ほどの国政の状況が影響したのは間違ひない。都議選は、他の道府県議会選挙とは国政との関連に大きな違ひがある。東京都や都民ファーストの会の事はよくわからないが、この惨敗によって安倍政権が揺らぐ可能性が高く、それは大いに歓迎できる。

 「安倍一強」と言はれてきたが、実は自民党内にも安倍への反発があったやうだ。様々な事情から表立った動きにはならなかったが、この結果を受けてそれが噴出する気配がある。石破茂はその筆頭とも言へるだらう。彼は来年の総裁選への出馬を噂されてゐるが、それへの追い風が吹き始めるかもしれない。また、内閣改造を予定してゐるらしいが、状況によっては倒閣運動が起きるといふ予想もある。

 ともあれ、「安倍一強」に陰りが差すのは確実と思はれる。それは自民党内の話だが、衆院選があれば自民党の敗北も予想される。もっとも、解散権は首相にあるので”近々総選挙”とはならないだらうし、仮にあっても自公で過半数を確保できないほどに負けるとは思へないが、安倍晋三や自民党が現在より後退するのは日本国のために良い事だ。「共謀罪」法案は成立してしまったが、その運用へのチェックや、報道への締め付けが緩むことも多少は期待できるからだ。

 安倍晋三の退陣は早ければ早いほどいい。下手するとあと4年半やるのではないか、といふ絶望的な状況から少しは抜け出て、わずかながら望みが出てきたといふのが都議選結果への感想である。
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 AERAdot. に面白い記事が載ってゐた。田中真紀子が安倍晋三を批判してゐるのだが、この二人は1944年生まれと1954年生まれ、真紀子がちょうど10歳年長だが、1993年初当選といふ同期ださうだ。

 面白いと言ふのは歴史認識の違ひで、初当選から間もない頃ある会議で交はした私語を真紀子は日記に残してゐる。その部分を引用する。

 : 田中氏「日本が敗戦して」
   安倍氏「真紀子さん、今なんて言った?」
   田中氏「敗戦よ」
   安倍氏「あれ終戦なんだけど」
   田中氏「中国や東南アジアへの侵略戦争でしょ」
   安倍氏「違う違う。アジアを解放するために行ったんだ」:

 なるほどねえ・・・かういふ見方はもう少し後から出始めたと思ってゐたが、90年代初めには既にあったわけだ。私は「新しい歴史教科書をつくる会」の運動が世間に知れ渡ってから知ったのだが、今調べてみると「つくる会」は1996年に発足してゐた。突然できるわけではないから、もっと前からその見方があったのは当然と言ふべきか。


 ともあれ、真紀子の晋三批判は的確で、政権の運営方法を「厚顔無恥、傲岸不遜」と切り捨ててゐる。加計学園の件では、現役時代に言へるはづがないとし、前川氏が出会い系バーに通ってゐると暴露した事には「西山事件と似てゐる」と言ふ。さうさう、彼は外務官僚の女性と「情を通じて」秘密を聞き出した、として起訴されたのだった。確かにそっくりだ。私の友人は、彼のブログで「こんな人物がトップに出世する文科省の病理」と書いてゐるが、真紀子の指摘の方が核心を衝いてゐると思ふ。

 真紀子はもう退陣すべきと言ってゐるが、全く同感である。
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 「共謀罪」が成立した。徹夜となった参議院で、朝の8時少し前に可決された。衆議院通過の段階で会期末まで数日しかなく、野党の抵抗で審議未了になる望みもあった。また、それを見越して会期を延長するのでがないかといふ観測もあった。ところが現実には、委員会審議を省略して本会議で採決するといふ、異例の手法が使はれた。これは「特に緊急を要する場合」に認められてゐるさうだが、会期末が近いといふのが「特に緊急」とはとても言へない。必要なら延長も可能なのにそれもやらず、今国会で成立させなければ困るやうな法案でもない。どうやら、安倍政権の都合による「緊急」といふ意味合ひが濃厚だ。

 その「都合」についての詳細はさておき、成立自体は予想された事であるが、さういふ経過での成立だった事は記憶しておくべきだらう。それはある意味、この法律の怪しさの象徴とも言へるからだ。

 前回書いたやうに、標榜されてゐるテロ対策としてさほど有効とは思へず、戦前の治安維持法のやうな運用への懸念の方が大きい。反対意見もその点を主な理由としてゐる。さういふ心配はないと政府は言ふが、国会審議や官僚の解釈などから心配があることが見えてきてゐる。要するに、この法律が政府の方針に反対する言論や行動を取り締まるために利用される可能性が少なからずあるのだ。特に、安倍晋三の政治手法にはそれをするだらうと思はせるに足る印象がある。将来、彼ほどに強権的手法を取らない者が政権のトップに就いても、時代の様相が、時の政権にこれを悪用する事を思ひつかせるかもしれない。その際、安倍政権時代に前例があった、といふ事になるのではないだらうか。

 また、公安警察は反政府活動を監視してをり、一つ間違へば思想・信条の自由を侵害する組織なのだが、そこに踏み込まうとする場合にこの法律を根拠に適法とする事ができる。もちろん建前としてはダメなのだが、理屈は何とでもつけられる。そしてさういふ事例が明らかになると、言論が萎縮する。その行きつく先は昭和10年代である。

 治安維持法の制定からおよそ10年でさういふ時代になったのだが、仮に安倍政権があと4年半続くと、前述の「前例」がいくつか作られ、2020年代の後半あたりから「物言へば唇寒し・・・」になってしまふかもしれない。願はくは杞憂に終わってほしいものだが、もっと言へば、できるだけ早くこれを失効させる法律を作ってもらひたい。

 

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 「共謀罪」自体は過去に三度廃案になってゐるが、今回はその要件を厳しくした「テロ等準備罪」を組織犯罪処罰法の中に新設する、といふ案だと思ってゐた。しかし、調べてみるとさうではなかった。「テロ等準備」といふ名称の罪はなく、組織的に犯罪を実行する集団の構成員(二人以上)がある犯罪を実行することを計画し、準備行為に着手すると、計画に携わった人物を処罰するといふ内容である。

 では、なぜ「テロ等準備罪」といふ言葉が使はれてゐるのか。そもそも組織犯罪処罰法は暴力団の取り締まりを念頭に置いたものなのだが、国際的なテロが頻発する状況と2020年の東京五輪がその攻撃目標になり得るといふ認識から、それを防ぐための法整備が必要だと説明されてゐる。そして、万全を期すためには計画と準備の段階で処罰できるやう、前段に書いた内容を組織犯罪処罰法に盛り込む事にしたのである。それでさういふ言葉を使ってゐるらしい。


 さて、この法改正で国際テロは防げるのかと言へば、おそらく無理だらう。もしISなどが東京五輪に限らず日本を標的とするなら、彼らの本拠地で計画を練るはづだ。そして、法案が想定する準備行為としては現地の下見などが考へられる。とすれば、「犯罪を実行することを計画し、準備行為に着手する」といふ構成要件を満たすが、計画者は外国に居るので逮捕できないし、下見する者は計画に携はってゐるとは限らないからやはり逮捕は難しい。

 実際にあるかどうか知らないが、国内のテロ組織ならば準備段階で逮捕が可能かもしれない。とはいへ、競技場などの下見は一般人が見物するのと外見上同じだ。警察官が職務質問を試み、怪しいと思へばどうするか。怪しいだけで逮捕はできないから任意同行を求めるしかないが、拒否されればそれまでである。さらにしつこく、尾行して尻尾を捕まへやうとするのだらうか。それで何とかなるかもしれないが、あくまでも国内組織での話であり、さういふ犯罪に対しては現行法で十分対応できるといふ事を多くの専門家が指摘してゐる。ただし、共謀を処罰する事はできない。

 従って、所謂国際テロ組織に対して有効なのは、彼らの中の一部がある期間日本国内に潜伏し、国内組織と同じ行動様式をとった場合だけであり、しかも現行法での対処も可能である。要するに、現行法制で対処できるものは対処でき、改正しても防げないものは防げない。

 現行法で対処できないのは「共謀」の部分だけだ。すると今回の法案は、やはり「共謀」がメインターゲットといふ事になる。

 私の理解が正しければ、今回の改正案は必要ない。政府の説明では国連越境組織犯罪防止条約を批准するにはこの改正が必要とされてゐる。しかし、改正なくして批准できるといふ説もあり、私にはよくわからない。だから、条約との関連については見解を持ってゐない。

 
 そこで、現行法で対処できない「共謀」について考へてみる。そもそも「共謀罪」が三度も廃案になったのは、思想・信条の自由を侵す虞があるからだった。そこで今回、「準備行為」を構成要件に加へ、それへの歯止めとしたらしい。単純に考へれば、「準備行為」を確認した上で共謀段階に遡るやうに思はれる。ならば思想・信条の自由を侵す事にはならないと言へるのだらうか。ここで国会でのやりとりが思ひ起こされる。

 準備行為として対象になる罪は277もあり、その中に国有林でキノコを採るといふのがある。キノコを売ってテロ資金を稼ぐ事もあり得るといふのが政府の説明だった。好意的に解釈すると、「テロの資金にするには大量に採る必要がある。普通、大量に採るのはそれを業とする者しかをらず、しかも国有林で採るわけではない。だから、国有林で大量にキノコを採る者は怪しいが、少量を採る一般人は対象にならず、共謀云々で内心の自由を侵される心配もない」といふ事にならうか。

 ところが、テロの準備行為らしきものを見つけるために、警察官がキノコの生へてゐる国有林を巡回するとはとても思へない。277の罪に亘ってそんな事をするには膨大な数の警察官が必要だからだ。

 すると、キノコ採りに限らず計画段階を探る必要があることがわかる。そのための方法としてすぐに思ひ当たるのは通信傍受だ。それはプライバシーの侵害であり、ひいては思想・信条の自由の侵害になる。だから特別な場合だけに許される捜査手段であり、安易に範囲を広げるべきではない。テロ防止が目的なので安易に広げるわけではないと言ふだらうが、かういふものは次第に広がると考へるべきである。国家権力の常としてそれが言へる。ちなみに、この法案にはテロといふ言葉は入ってゐない。

 治安維持法は、共産主義や国体変革を目的とする結社を禁じた。それは思想弾圧だが、当時の日本においてはさほど奇異な事ではなかったやうだし、それ以外の思想の自由を侵害するものではないとされてゐた。しかし現実には、政府を批判する言動のほとんどすべてが取り締まられる事態にまでなった。この法案をその再来とする意見もあり、政府はもちろん、賛成者もそんな心配はないとするが、虞があるのは確かである。そして、前回の記事で少し触れたやうに、安倍政権下の現状はその虞を強く指摘する必要を感じさせる。

 
 先日、この法案が衆議院の委員会で強行採決された。数日中には本会議で可決され、参議院でも会期延長を経てさうなる見通しが強い。ただし、公正な選挙で選ばれた国会議員によって決められる訳だし、政権は議員の互選によって成立してゐる。だから、民主主義の建前からはこれが国民の総意なのだとも言へるわけで、その事に私は絶望を感じざるを得ない。思へば、当時世界で最も先進的とされたワイマール憲法下のドイツで、ヒトラーが合法的に台頭したのだっった。

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