来年のNHK大河ドラマは「真田丸」、真田幸村が主人公といふが・・・

 真田の本拠地は信濃の上田城である。現在は長野県上田市で、そこには上田高校といふ学校がある。前身の旧制上田中学時代から上田城の一廓にあり、今(*)も水をたたえた堀を巡らしてゐるさうだ。その校歌はかう唱ふ。

   関八州の 精鋭を
   ここに挫きし 英雄の
   心の跡は 今もなお
   松尾が丘の 花と咲く

 これは、関ヶ原の戦ひに関はる真田父子の活躍を誇らしげに歌いあげてゐるのだ。つまり・・・

 家康は、会津で兵を挙げた上杉景勝を討つために東海道を下るが、それを見計らって西で石田三成が挙兵する。それを読み込んでゐた家康は、自身は東海道を引き返し、秀忠を中仙道経由で関ヶ原に向かはせる。そして天下分け目の・・・となるのだが、秀忠は開戦に遅れてしまふ。その原因が上田城での合戦だった。秀忠は、上田城に立て籠もる真田軍をみくびり、行きがけの駄賃にひねり潰してやらうとしたらしい。しかし、戦国時代有数の戦上手と言はれた真田の軍略に大いに手こずったのだ。


 上田市民が真田贔屓といふのは、思へば当然だらう。校舎がなぜ城の一廓にあるのかは知らないし、松尾が丘といふ地名も知らないが、それは私にとってどうでもいいこと、言ひたい事は、三百年以上前の快挙を地域の(おそらく)秀才が集まる学校の校歌に詠み込んだことの痛快さである。

(*)旧制上田中学出身の棋士、中山典之の著書「囲碁の世界」による。「今」とはそれが刊行された1986年である。あるきっかけでおよそ30年ぶりに再読し、この部分がとても気に入ったので記事にした次第である。
 
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