洛中洛外図屏風

 3週ほど前の大河ドラマ「天地人」で、信長が謙信にこれを贈ったあたりのことをやっていた。謙信側では絵の一部から信長の野望をくみ取り、それを許すべからざることと捉えていた。そして信長に面会した兼続は、謙信の反応を尋ねられて「特に何も・・・」と言葉を濁していた。

 ある本によると、信長は謙信の力を恐れて当面敵対しない方針を採り、その証しとして贈ったのだという。この時期は、信玄が病死して間もない頃で、甲斐との戦いに以前より神経を使わなくてもよくなった謙信が本格的に敵対してくる可能性があった。さらには、信玄が勝頼に「いざというときは謙信を頼れ」と遺言していたことから、両者が連盟して信長に立ち向かうことさえあり得る。信長はそう考えたというのだ。

 面白い話だと思った。特に、信玄の遺言が面白い。謙信と長期にわたって敵対しながら、その力や人間性を認めていたことの証しである。謙信が海のない甲斐を治める信玄に塩を贈り、信玄が返礼として弾薬を、という慣用句の由来となった話はよく知られているが、この遺言のことは知らなかった。

 敵対しあうことで互いに相手を理解する、というのはそうそうあることではないと思う。私にはそういう相手はいない。しかし、そういう関係はなかなかに味わい深いもので、できることなら・・・と思うがもう無理だろう。
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