「教える」

囲碁では、自分より技倆が上の人に対局を申し込むとき、「一局教えてください」と言うことが多い。「打ってください」でもいいのだが、それより謙虚な言い方で、囲碁独特の(将棋もそうだと思うが)表現だろう。「打ちましょう」は同等の者に対する言い方だ。対戦型のスポーツでも、相撲起源の「胸を借りる」という言い方があり、日本人の奥ゆかしさが表れているように思う。ちなみに上手が申し込むときは、「教えてやろう」ではなく「打ちましょう」が普通だ。

 ところで、この場合の「教える」は教師のように教えるという意味ではなく、下手にとっては上手との対局自体が教わることになる、という考え方から来ている。そして、実際には局後下手の悪い手や上手の手の意味などを教えることも多いのだが、それがなくても下手は教わったことになる。

 一方、本当に教師のように教えることも当然ある。それを職業にしている人もいるわけだが、ある上手が下手を継続的に指導するのもその意味の「教える」である。だから、ある上手が下手と継続的に打つ場合、上手の立場では、自分が教師のように接しようと思っていれば「教えている」という表現になるが、そうでない場合は単に「打っている」となる。しかし下手の立場では、ともに「教えてもらっている」となる。


 このことで誤解が生じたことがあった。私はある下手(Aさん)のある目標を知り、その達成のために継続的に指導することにし、それを「強くしてやる」という言葉で言明した。そういう相手はAさんだけで、そのことも何かの折りに言った。それとは別に、継続的に「打っている」下手(BさんCさん・・・)もいた。

 ところでBさんは、私に「教えてもらっている」と公言していた。それを知ったAさんは、私がウソをついたと理解した。それで気分を害し、私に、表向きの理由を作って指導を断ったのだった。「教える」云々の他にも理由はあったのだがそれはさておき、囲碁では「教える」に二つの意味があることが気分を害するもとになっていたのだ。

 私は、これを半年以上経って当人から聞いたのだが、「そうだったのか」と驚き、改めて整理してみた次第である。こういう誤解は避けられないのかもしれない。
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NoTitle

囲碁の場合、教える側も、複数の人に教えていますし、教わる側も、複数の上手さんに教わります。

そして、人間にはどうしても独占欲的なものもありますから、そこを、大人の気分でうまくコントロールしていくことも、大切なことだと思います。
(私がうまく出来ているかどうかは、わかりませんが)

いろいろな、関係、思惑、人とのお付き合いは、とても難しいですね。
そんな中で、自分をそのままで受け入れてくださる方々と、お付き合いしていけたらと思う、このごろです。

NoTitle

結構難しいものがありますね
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丸山恒平

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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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