靖国神社の「自然消滅」

あるウェブサイトで面白い記事を読んだ。首相の公式参拝に関して議論が賑わっている靖国神社だが、遠からず財政的に破綻するというものだ。その根拠は・・・

 靖国は特異な性格の神社で、戦前は国家護持だったから財政の心配はなかったが、戦後は一宗教法人となり、賽銭や玉串料が収入の柱になった。太平洋戦争の戦死者が膨大な数だったため、遺族も多く財政の問題は何もなかったが、戦後60年あたりから、遺族の減少で収入は先細りの一途だという。

 今まで考えたこともなかったが、言われてみれば頷ける。現在、戦死者の遺族は子の最年少でも70歳くらいと思われるし、孫ともなれば遺族という意識も薄れていて、わざわざ靖国へ足を運ぶ人は少ないだろう。盆の墓参りでも生前を知らない祖先には感情が起こらないものだが、戦死した祖父の思い出を持つ孫というのは超例外だろう。もちろん新たな戦死者は発生しない。

 そして、子は次々とこの世を去り始めている。30年先には遺族はひ孫の世代で、参拝するのは遺族というより戦死者への思いを強く抱く者だけになりそうで、彼らの賽銭だけでは維持できないに違いない。時代をずらせば、日露戦争での戦死者のひ孫が毎年のように靖国に行っているだろうか、当事者でない自分にはわからないが、先祖というより、歴史という感覚のように思う。皮肉な逆説を言えば、太平洋戦争のおかげで靖国は生き残っているのかもしれない。

 そのサイトでは、これをアメリカの長期的な陰謀としていた。天皇制と靖国神社は日本軍国主義の二大支柱で、廃絶したいのが本音だった。しかし、いきなり壊すのは抵抗が大きいから、宮家を縮小し、男系男子が先細りになって皇室は自然消滅、靖国は国家護持を禁じて宗教法人にし、さらに戦争放棄で戦死者が出ないようにすればそれも自然消滅、というシナリオを描いたというわけだ。

 陰謀説の当否はさておき、現実はその通りに進んでいる。靖国が寂れてしまえば、公式参拝など別次元の話になる。男系男子の枯渇はとりあえず先延ばしできることになったが、靖国にそういう神風は吹かない。いや、ひょっとすると・・・

 財政破綻が待ったなしの状勢になる頃、それが国民一般の知るところになる。そこで議論がわき起こる。公的資金投入を、という主張も現れ、当然憲法問題になる。そして、「国のために命を落とした者」をどう扱うかが改めて議論される。それが、靖国を宗教法人からはずして国の機関にするという結論になれば「神風」だが、新たに国立の非宗教追悼施設をという結論になることも、それ以上にありそうに思える。

 どっちがいいのか、今のところ私にはわからない。

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