龍馬襲撃と靖国神社

NHKの「龍馬伝」で、寺田屋での事件の回を見た。緊迫した面白い場面だったが、ほぼ史実の通りらしい。

 当然龍馬側の視点で描かれているが、これを幕府側から見るとどうなるだろうか。長州は幕府に反旗を翻す許し難い存在、征伐軍を向けようとしている段階だったが、薩摩と同盟すれば、それは簡単ではなくなる。その同盟を成立させたのが龍馬だという事がわかり、彼を捕らえるか、場合によっては殺害してしまおうとしたのは頷ける。

 歴史にイフはないが、ここで龍馬が死に、そのせいで薩長同盟にひびが入って長州征伐が成功したら・・・と考えてみる。世界史的な流れは変えられないので、いずれ幕府は倒れただろうが、明治政府の性格は違ったものになったと思われる。少なくともいわゆる薩長政権ではなく、徳川を中心としたものになっただろう。

 すると龍馬の見方は、現在の新撰組への評価と似たものになるしれない。新撰組は、いわば私設警護団が機動隊に組み入れられたようなもので、時代の流れに抗して滅び行くものに命を賭けた集団と見られているが、「イフ」の龍馬は、国家を転覆しようとして命を落とした人々の中の一人とされ、現在ほどの人気は出なかったかもしれない。つまり、幕末内戦の勝者が薩長だったため、その同盟の立役者たる彼の評価が高くなったわけだ。もちろん思想への評価もあるが、今は考えない。


 ところで、龍馬は靖国神社に合祀されているが、「イフ」の世界では祀られないことになる。それを考えれば、靖国論議でよく言われる「国のために命を捧げた人を顕彰するのは当然」という主張では、「国とは何か」という視点が曖昧なのがわかる。追究すれば、それは「天皇を戴く」という枕詞をつけざるを得ない。結果的に「朝敵」となった幕府側の戦死者をも合祀するならば、靖国神社の性格は一変し、前記の「当然」も大半が納得することになるだろう。しかし、それをすると、「では大杉栄や小林多喜二などはどうするのか」という議論になり、線引きが難しくなる。「天皇を戴く国のために」という線引きはわかりやすい。

 しかし、さらに考えると、龍馬が天皇をどう考えていたかはよくわからない。そこまでの青写真はできていなかったと考えるのが妥当なように思う。であれば、泉下の彼は苦笑いしているのかもしれない。その辺りが、対象の時代を黒船来航以降とする靖国神社の抱える矛盾だろう。
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