「永遠のゼロ」---百田尚樹

先月のあるニュース番組で、この本が良く読まれているというのを見て興味を持ち、本屋をあたっていたが、どこにもなかった。取り寄せると買わねばならず、もし面白くなさそうだった時に困る。ネットで検索をすると、4年前の出版とわかって納得した。少し「立ち読み」して購入を決めた。本屋に頼むより早い。

 ある姉弟が、特攻で戦死した血のつながっていない祖父のことを調べることになった。戦友会などと連絡を取って数人から話を聞くことになるのだが、彼らの話が太平洋戦史になっており、その中で、祖父の実像も徐々に明らかになっていく。

 彼・宮部久蔵は、海軍兵学校出で超一流の戦闘機乗りであり、生きて帰還することを妻に誓って戦地に赴く。その意志を言動で示し、そのため「臆病者」と陰口をたたかれたり、上官に嫌われたりする。その宮部がなぜ特攻で死んだのか、これが最大の謎だが、それは最後に明らかになる。

 ところで、タイトルにある「ゼロ」とは零戦のことで、昭和15年の登場から17年までは世界最強の戦闘機だった。子供の頃から「名戦闘機」ということは知っていたが、具体的にどう優れていたのかは、この小説で初めて知った。スピードと旋回・宙返り性能は矛盾するそうだが、それを高度に兼ね備えていたこと、航続距離が長かったことがその理由だが、当然操縦士や整備士の能力も高かった。宮部は神域に達した操縦士として描かれている。もちろん架空の人物だが、実在の撃墜王たちはそれに近かったのだろう。

 この小説は、軍部を批判する視点で書かれているが、それに関して碁打ちにはとても面白い場面があった。整備士達がつかの間の休息に碁や将棋で遊ぶのだが、そこに司令部の少佐が来て一緒に碁を楽しむ。彼はプロに二子くらいという凄腕なのだが、将棋も知っているようだ。そして、将棋好きと伝えられている山本五十六を引き合いに出し、「長官がもし碁を知っていたら、今度の戦争も違った戦いになったと思うな」と言う。

 意味がつかみ取れない兵の質問に答えて、たとえ兵力が劣っていても、敗色濃厚でも、敵の総大将の首を取れば勝てるのが将棋だが、碁は国の取り合いだから戦いの性格が違うと説明する。そして、日露戦争でバルチック艦隊を破って勝利して以来その戦い方を続けていることを暗に批判するのだ。なお、別の時に、宮部もそこに来て少佐と打つのだが、そこで、彼は瀬越憲作の弟子で、プロの手前まで行っていたことが語られる。(*)

 私が最も感動したのは、ラバウルで宮部小隊長の部下だった井崎という人物の、戦後の話だった。アメリカのイベントで各国のパイロットたちと交流するのだが、その中の一人が、昭和17年の夏ガダルカナルで宮部に撃墜され、パラシュートで脱出中さらに銃撃された男だったのだ。当時日本海軍は、作ってすぐにアメリカに奪われたガダルカナルの飛行場を奪還すべく、連日のようにラバウルから1000キロ近くを飛んで出撃していたのだった。井崎は宮部の列機としてそれを目撃したのだが、そのことと宮部が特攻で死んだ事をを伝えると、彼・トニーは「何てことだ」と言って泣き出す。そのあと「彼に会いたかった」とも言い、二人は互いにかつての敵を讃えあう。

 ここもフィクションだが、淵田美津雄の自叙伝にも類似の記述があり、偶然を重ねているものの荒唐無稽な作り話とは言えない。パラシュートで脱出したパイロットを撃つことは、日本では武士道に反すると非難されたそうだが、宮部は井崎に言う。「彼は恐ろしい腕前だ、彼を生かして返せば、別の戦闘機でまた戦いに来る。何機か墜とされ、そのうちの一機は俺かも知れない」。トニーもまた、「まだ戦いの途中だった、彼は捕虜を撃ったのではない」と意に介さない。

 この辺り、日米の考え方には大きな差がある。戦闘機一つとっても、ゼロ戦は優れていたが、極端にいうと一撃で即墜落、操縦席の背面もほとんど無防備だったのに対し、グラマンは頑丈で簡単には落ちず、背後の鉄板も厚かったそうだ。トニーの言葉を借りると、「俺たちは十回殴られてようやく一回殴り返すような戦いをしていたが、その一回でゼロは火を噴いた」のだった。

 操縦訓練中に墜落して練習生が死ぬエピソードでは、上官は「たかだか訓練で命を落とすような奴は軍人の風上にも置けない、貴重な飛行機をつぶすとは何事か!」 と訓辞した。その時宮部は、教官として亡くなった生徒を立派な男だったと弁護し、殴られるのだが、人命より飛行機が優先されていたというわけだ。

 宮部久蔵は、優秀な軍人でありながら、日本軍では技術面を除いて認められない人物だった。そして、自分が教官として育てた部下が次々と特攻出撃してむなしく死んでいくのに耐えきれず、終戦の数日前に特攻として命を落とすのだ。そこにはまた、偶然と必然を含むドラマがあって小説の終幕を飾るのだが、ちょっと出来過ぎの印象がある。それはさておき、彼の最期はプロローグとエピローグで、沖縄戦に参加していたアメリカ人によって語られる。「永遠のゼロ」と題される所以である。


(*)小説では瀬越「健作」となっているが、これは作者のミスだろう。この小説には、山本五十六や撃墜王などが実名で登場し、このくだりでも、瀬越の弟子として呉清源の名が出ている。従って瀬越も実名で語られているはずだからだ。作者のご子息は関西棋院の子供教室に通っていた時期があり、ご自身も他の親たちとの交流があったそうだし、打てるはずだ。この部分は碁のできない者には書けるはずがなく、その作者が名前の字を誤ったのは実に惜しい。
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