脱原発

菅首相が、脱原発を将来のあり方として掲げた。「個人的な意見」ということで、それを党や内閣に何の相談もなく公的に発言したことが物議を醸しているが、それはさておき・・・

 原発は、反対運動とセットで進んできた。個人的なことを言えば、小学生の時、ウラン1グラムで膨大な電力が得られることを知った。しかし、放射能の問題から安全性に高いハードルがあることも知った。そして原爆との関連から特に日本では反対が大きく、私も反対の立場を取っていた。ハードルを越えられないのではないか、というのが理由だったが、多くの反対運動は、原子力の平和利用自体に限界があるという考え方に支えられていたように思うし、私もその影響下にあった。

 一方推進する側は、化石燃料の有限性などを根拠に原発の必要性を訴え、安全の確保と万一の事故への対応を十分検討した。それが国策となり、いまやかなりの比率で発電を担っている。スリーマイルやチェルノブイリの事故で一時的に反対の機運が盛り上がったが、現実はそれを教訓にしてより安全性を高める、という方向に動いた。

 そういう流れの中での今度の津波だった。「想定外」というのは必ずしも逃げ口上ではないと思うが、それが起こったことは間違いない。今までの想定外を想定内にし、それへの備えをするには莫大な費用がかかる。一企業が負担できるか、電気料への反映はどれくらいかなど、課題は大きい。

 折しも風力などの自然エネルギー利用が盛んになり、すでに一定の影響力を持っている。化石燃料の有限性は明らかだ。核融合による発電も射程距離に来ているらしいが、それが標榜する安全性は広く認められるには到っていない。

 また、今回の事態を想定内に取り込んだとしても、更なる「想定外」が起きないという保証はない。貞観地震や今回のものは「千年に一度」だが、記録のない「五千年に一度」が起きるかもしれないからだ。また、隕石が直撃するかもしれない。そこまでいけばまさに「杞憂」の世界だが・・・。

 そんなわけで、原発の安全性には「絶対」がない。それは他の発電にも言えるわけだが、発生する「危険」の程度が桁違いだからこそ問題となる。完全な制御は不可能という考え方に立てば、結論は「脱原発」しかない。すでにそれを宣言した国もある。

 では、脱原発があり得べき姿なのか?私にはそう断言することができない。物理学の一つの成果として原子力がある以上、それを社会に役立てようという考えが起きるのは当然だ。不幸にも原爆という兵器がそのトップバッターだったが、軍事利用が先行するのは科学技術の宿命のようなものだ。そして、危険性を制御して非軍事利用が成立する。もし化石燃料の枯渇が差し迫っており、水力など他の発電だけでは足りないのなら、原子力をうまく使うのが望ましい。

 とはいえ、安全確保は大切な条件で、そのために膨大な費用を要するとすれば、諦めざるを得ないことになる。

 結局、よくわからないというのが正直なところだが、どの方向に行くにせよ、智恵が必要であることだけは間違いない。

 

 






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