インフォームド・コンセント

今ではかなり知られているが、つい10年ほど前までは、知らない人の方がはるかに多かったのではないだろうか。

 そう思ってちょっと調べてみると、インフォームド・コンセント(IC)には二つの種類があるそうだ。一つは臨床実験の分野での被験者の権利、もう一つは医療現場での患者の権利である。我々に馴染み深い後者は、1960年代に主にアメリカで言われ始めたらしい。当時は様々な権利を主張する傾向が強くなった時代であり、その潮流の中で患者の権利という考え方も登場したわけだ。そしてそれは、1973年に「患者の権利章典」という形で結実する。

 それが日本にも取り入れられ、80年代にはかなり浸透したそうだが、私が知ったのは多分今世紀に入ってからで、医者と患者が合意の上での医療という意味だと思っていた。知る権利の一種というのが正しそうだが、それはともかく、5年前にICに関わる不愉快な経験をした。

 妻の父が入院し、手術を受けることになった。何の病気でどんな手術かは忘れてしまったが、医者からその説明を受けたときのことだ。

 一通りの説明を聞いたところで、私にはいくつかわからないことがあった。そこでそれらを質問すると、医者は当然答えてくれたのだが、まだよくわからない。それで次々と質問を発してきちんと理解しようとした。すると彼は、「私の治療方針に不満があるのか?」という意味のことを不愉快そうな口調で言ったのだ。

 私には医療の知識がほとんどなく、不満どうこうの話では全くない。だから「わからないことを聞いているだけです」と答えたのだが、それも彼には素直に受け取れなかったようだ。それを察知した私は、それ以上の質問を思いとどまった。「これ以上妙な印象をもたれては困る、岳父を人質にとられているようなものだから」というのがその理由だ。医者がその気になれば、わからないように患者を死なせることもできるのだ。

 憤懣やるかたない気持ちをかかえて病院を出ると、あろうことか、妻さえも私を責めた。「あんなに追求して・・・看護婦も険悪な顔をしていたし、私もハラハラした」と言うのだ。私は、「わからないことを聞く家族にあんな風に言うのはIC時代の医者としては失格だ、自分の親なら即退院させて別の病院に入れるところだ」と言ったが、納得した様子ではなかった。

 家まで行って妻を車から降ろし、自分はそのまま最寄りのバッティングセンターに行った。ストレスをバットに乗り移らせて何十球も打つと少し気分が収まったので、帰宅して改めて穏やかに話した。すると妻もわかってくれたようだった。


 今にして思えば、言い方に少し問題があったのかもしれない。しかし、医者の態度の方がより問題だったことは確かで、40歳くらいに見えたが、若いのにICをよく理解していなかったと判断している。今では改まった可能性もあるが、あの病院には絶対行かないと心に決めている。



 
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