バレンタインデーの思い出

 ちょっとタイミングがずれているが、ある人のこのテーマのブログを読んで思い出したことがあり、書くことにした。

 今から35年前、まだこの日があまり知られていなかった頃のこと・・・その日の夜、私は夜行列車での出張のため、札幌駅にいた。事情は忘れたが、7年ほどつきあいのあった女性が見送りに来てくれていた。そして汽車の中でのおやつにと、数枚のチョコレートをくれた。軽い気持ちで受け取ったのだが、あとでこの日付に思い至って少し考え込んだ。当時、バレンタインデーは「女からの告白が許される日」というだけで、チョコレートを渡すという習慣はまだなかった。しかし私はその数年前、ある人から「チョコレートには好きだという意味がある」と聞いていた。彼女がこの日について、またチョコレートの含意について知っていたかどうかはわからない。だから、単におやつをくれただけなのか、私への好意を伝えたかったのか、いまだに謎のままである。

  彼女とは、学生時代小樽べ平連のメンバーとして知り合った。ある時、仲間が集まる拠点を持とうと彼女が提案し、皆で検討した結果、安いアパートを借りることにした。その際、私と彼女が夫婦として住むという偽装をした。上村一夫の「同棲時代」はそれより数年後、かぐや姫の「神田川」は更に後だが、現実は漫画や歌に先行しており、若い男女が6畳一間に住んでもさほど奇異に見られることはなかったように思う。もっとも、毎日どちらか、または二人が部屋に行き、時々数人から十人ほどが集まるが寝泊まりはなく、妙なカップルと思われたことだろう。しかし、当然家賃は払ったし、共有部分の掃除当番も彼女がきちんとやったから、余計な口出しをする住民はいなかった。そういう状況の中で、彼女が私に好意を持っていることには気づいていたが、私は性別を越えた親密な仲間という姿勢で接していた。それは罪なことだったのだろうが、彼女はそれ以上踏み込んではこなかった。

 ひょっとすると、彼女がその感情を持ち続けていて、件のチョコレートに意味を持たせたのかもしれないが、そうだという確証もない。彼女とは、卒業後も他の友人同様に時々手紙のやりとりをしていた。今思い出したが、春に東京に移住することになってそれを会って伝えるのに、偶々?この日が選ばれたのだった。その後文通は次第に間隔が長くなり、そのうち年賀状だけに、そしていつしかそれも途絶えた。今、どこでどんな暮らしをしているのだろうか。
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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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