「飛鳥燃ゆ」 町井登志夫

サブタイトルが「改革者・蘇我入鹿」となっており、入鹿を主人公にした小説である。通説とは違って、彼が日本国を愛し、天皇を支えるために粉骨砕身したという内容になっている。父の蝦夷(この小説では「毛人」)も同様で、入鹿に大陸と半島を視察させるのだが、その部分がほぼ半分を占めている。入鹿は、建国間もない唐の勢いと文化や軍事のレベルの高さを知る。そして、遠からず唐は高句麗を倒し、続いて百済を併呑するという見通しのもと、日本は、崩壊寸前の百済を援助しながら任那を確保するより、唐の侵攻に備えて国防体制を固めるべき、という見解を持つに到る。日本に人質として来た余豊璋は、彼が百済から託されて連れてきたとされている。

 さて、帰国して間もなく入鹿は舒明天皇に呼ばれる。そして余豊璋を連れてきたことを褒められ、昇進を賜る。さらに、対半島方針を聞かされ、前記の見解をもとに反対意見を述べる。天皇は理解するが、国内の長老たちを満足させるためにポーズとしてその方針を採らざるを得ない、と答える。任那は元々倭国の中心地であり、現在の主だった者達は、数代前に衰えた任那から渡ってきたので、郷愁やメンツから任那を手放したくないと考えているが、大陸と半島の情勢を見誤っているのだった。

 その後、二度に亘って余豊璋を奪われそうになるが、辛うじて守りきる。そして、その黒幕が山背大兄皇子であることを突き止める。山背は、長老達の頂点に立っているという設定だ。自他共に認める次期天皇であるのに早く天皇になりたがり、そのために豊璋を奪おうとしたのだ。私利私欲から皇位を狙っていると見た入鹿は、舒明の死後即位し、入鹿と同じ考えの皇極天皇の密命を受け、山背を襲撃する。そして彼を滅ぼすのだが、蝦夷には、蘇我が独断でやったことになってしまうという理由で渋面を作られる。


 ところで、それより前に、鎌足が長老派として入鹿に接近しており、入鹿は無視している。また、中大兄皇子は手の着けられないちんぴら皇子として入鹿と出逢っている。結局その二人に入鹿は嵌められ、後に権力を握った彼らによって逆臣の汚名を着せられることになる。蝦夷の危惧した通りになるわけだ。


 6世紀末から7世紀前半にかけて、天皇を支えて国作りを進めてきたのが蘇我氏であり、入鹿も逆臣どころか国際的な視野を持ってその流れを受け継いでいたのだという見方による小説だが、唐や高句麗で戦闘に参加し、帰国してからも剣を取って戦うという、活劇の要素が多いこともあって、とても面白かった。

 


 
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