小沢事件控訴

3年前に、小沢一郎の事件のことを書いた。そのときは検察が起訴すると予想していたが、実際は不起訴だった。

 その後検察審査会に持ち込まれ、起訴相当という結論が二度出されて強制起訴になったのだが、つい最近無罪判決が出た。そして10日、控訴することが明らかになった。以来マスコミでいろいろ取りざたされたが、有罪になる可能性は低いというのが法律専門家の見方で、政治的な影響の方がより重視されている。


 日本の検察は優秀だ、とよく言われるが、有罪率の高さが一つの理由らしい。逆に言えば、有罪にできる自信がなければ起訴しないということだろう。だから、不起訴は無罪判決とほぼ同じ意味を持つ。「疑わしきは被告人の利益に」が刑事裁判の大原則であり、かなり怪しいという場合でも、決定的な証拠がなければ無罪になる。検察はその決定的なものを見つけることができなかったから不起訴にしたわけだが、怪しいという印象は、私を含めて多くの一般人が抱いた。

 検察審査会は、そういう庶民感覚をくみ上げるためのものだ。この事件ではそれが受け入れられ、強制起訴でその庶民感覚は満足させられたわけで、有罪無罪は、敢えて言えば二の次だと思う。

 検察役の弁護士がどのように選ばれるのか、寡聞にして知らないが、法律家たる彼らにとって、これらのことは常識に過ぎない。にもかかわらず、しかも新しい証拠の発掘が困難な状況での「判決には重大な事実誤認がある」という控訴理由からは、極めてわずかな可能性に賭けるという姿勢が読み取れる。そうまでして控訴するのはなぜだろう。

 私に思いつく一つの理由は、あくまでも「庶民感覚」を大事にすること、もう一つは政治的な影響を考慮したことだ。どちらかはわからないし、あるいは純粋に「事実誤認」と信じたのかもしれない。会見でそれを全面に出したのは当然だが、隠された意図がないとは誰にも言い切れない。まあ、30年くらい経てば「実はあのとき・・・」という回想があるかもしれない。

 蛇足を加えておくと、いわゆる庶民感覚には、無罪と無実は違うという認識が抜けているか、少なくとも希薄だと思われる。仮に小沢氏が、すべてを知った上でほおかむりしているなら無実ではない。だが、証拠がなければ無罪とされるのだ。松本清張に「悪い奴ほどよく眠る」という作品があるが、それは証拠を掴ませず、あるいは握りつぶして巨悪がはびこることを描いたもので、小沢氏が無実でなかったとしても、形式犯なのだから巨悪というほどの事件ではない。
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