高校野球から愛国心を考える

高校野球・夏の甲子園が始まった。

 私を含めて、大半の人は地元の学校を応援する。勝ち続ければそれでよし、負けると、近い地域で勝ち残っている学校を応援する。トーナメントの山を登る度に応援する学校が減り、なくなればハイレベルの試合を楽しむことになる。あるいはヒーローのいる学校を応援することも多い。古いところでは太田幸司の三沢高校、江川卓の作新学院、桑田・清原のPL学園等々・・・。

 近年は、アジア大会や世界大会も開催されるようになり、優秀な選手を集めた日本チームを全国民が応援することになる。


 だれもが自然に持っている郷土愛が、だんだんその範囲を広めていくのによく似ている。今年はオリンピックもあり、大震災の翌年という意味もあって、「ガンバレ日本」の声が全国で飛び交っている。もし、太陽系の複数の惑星に高等生物がいて野球をやっており、太陽系選手権が開催されれば、我々人類は世界を上げて「地球チーム」を応援するだろう。


 愛国心とはそういうものではないかと思っている。つまり、自然な感情として子供に芽生える郷土愛や隣人愛が成長とともにその範囲を広げ、国全体に達したときに「愛国心」となるのではないか。時間軸でも視野が広がれば、歴史を踏まえたものになる。

 それとは逆に、「日本ははるか昔に始祖が作り上げた素晴らしい国です、皆さん、その誇りを胸に国を愛しましょう」という「上から」の愛国心もある。それは理解できるが、その視点では郷土愛が全世界に波及することにはなりにくい。

 更にそういう「愛国心教育」は、ともすれば押しつけになり、そうは考えない者の排斥につながりかねない。七、八十年前の日本がそうだった。他国もそうだったのかもしれない。しかし、三十年ほど前から「環境としての地球」という意識が広まり、今では世界に共通の問題意識となっている。

 「太陽系選手権」がなくても、地球を大切にする心つまり愛国心の地球版が形成されつつあるのだ。そういう状況で個別の愛国心とは・・・。

 高校野球になぞらえれば、素晴らしいプレーをする日本代表を応援し、その活躍に賞賛の言葉をかけると同時に、都道府県代表や地方予選で敗れたすぐ近くの学校にも応援を惜しまない、ということになろうか。世界大会に向けて日本代表が結成されれば、高野連などが「皆さん応援しましょう」などと言わなくても、予選から数ヶ月かけて培われた日本代表への思いから、誰もが応援するのだ。



 昨今、保守系?の人達が、「戦後の歴史教育はいたずらに自国を貶める『自虐史観』によるもので、自国を誇りに思えない者を育ててしまった」という前提から、特に明治から敗戦までについて日本の良い面を強調し、「自虐史観」で悪かったとされる点を見直す動きが盛んである。それ自体おかしなこととは思わないが、そこに「上からの愛国心教育」がひそんでおり、(すべてがそのせいとは言えないが)当時の政策やリーダーとなった人物を過剰に肯定評価する傾向がある。そうすることで「日本は素晴らしい国、素晴らしい人物がたくさんいる、だから誇りを持って愛しましょう」というメッセージを発信しているのだ。

 一方、反体制の人物については、彼らも日本や日本国民のことを思って行動したにもかかわらず、概してとんでもない輩という評価をしているようだ。その延長として現代では、「反日」という言葉で括ってしまっている。七、八十年前の「上からの愛国心」と、そこから必然的に生まれた「非国民」という言葉に重なる、と私は考えるのだが・・・。
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