箸墓の調査

 箸墓に初めて研究者の立ち入りが認められ、今日それが実施された。宮内庁の管理下、天皇陵に準ずるものとして認められていなかったのだが、ようやく門戸を開いたわけで、画期的なことだろう。もっとも、発掘などは認められず、一番低い周辺部分を歩いて調査するだけなので、劇的な発見につながる期待はさほどない。それでも、将来はおそらく認めることになるだろう。

 古事記にはヤマトトトビモモソヒメ(孝霊天皇の皇女)の墓と書かれており、宮内庁はその説を採用しているという。しかし、卑弥呼の墓という説も有力で、今日のニュースに登場した研究者は「可能性は高いが断定はできない」という言い方をしていた。

 卑弥呼の墓かどうかはさておき、古墳時代の幕開けを告げる最古の前方後円墳に誰が葬られているのか、これは非常に重要な事で、宮内庁には早く全面的な調査を認めてもらいたい。



 日本の古代史で私が最も知りたいのは、卑弥呼や台与を女王に共立した倭国と大和朝廷の関係だ。連続か断絶かということなのだが、古事記や日本書紀による限り、断絶しているように見える。しかし、もし邪馬台国が大和にあったのなら、断絶は考えにくい。あるいは大和朝廷の祖が滅ぼしたのかもしれないが、戦争の形跡はあまりなさそうだ。

 卑弥呼は人名ではなく、地位名だという説もある。それを唱える遠山美津男氏によれば、男の王が別にいて、神事を司る女性が「卑弥呼」という地位を占めたのであり、いわゆる卑弥呼は実名がわからないが、台与は実名が伝わっている「卑弥呼」だ、という。


 さておき、古事記は7世紀時点での記録であり、卑弥呼からざっと400年経っている。それは記憶が薄れるに十分な期間なのか、それともあえて黙秘しているのか、であればその理由は?

 邪馬台国が九州にあったとすれば、これらの疑問はほとんど問題にならない。大和朝廷にとって、はるか西方のすでに滅びたクニのことなど、関心外であって当然だからだ。



 とにかく、箸墓の学術調査はそういう私の疑問を含めて様々なことを明らかにしてくれるに違いない。まだ十年単位の時間がかかるだろうが、なんとか生きているうちに結論を知りたいものである。
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