「出雲と大和」 村井康彦

 前の記事で、卑弥呼や台与が女王だった倭国と大和朝廷との関係が知りたいと書いた。ちょうどその直後にこれを読み、説得力ある一つの答えを得た気分になった。

 著者の推論によれば、両者は滅ぼされたものと滅ぼしたものという関係である。まず、古事記や日本書紀に卑弥呼や台与の記事がないことから両者はつながっていないとする(日本書紀が神功皇后に卑弥呼を投影しているように見えるが、魏志倭人伝の記事を取り入れただけで、自ら受け継いでいる伝承ではない)。

 そして、邪馬台国へのルートについての倭人伝の記述を、不弥国から水行二十日で投馬国、そこから水行十日・陸行二十日で邪馬台国という記述を、九州北部の不弥国から日本海ルートでおそらく出雲あたりと思われる投馬国へ、そして大和にある邪馬台国へ陸行するものと読む。


 そして、邪馬台国を中心とする倭国は次第に衰え、日向の新興国がそれを滅ぼして大和王権を確立したとする。この過程を反映しているのが神武東征という解釈だ。


 これは大変魅力的な推論で、私の疑問を氷解させるものだ。考古学的根拠が不十分なことなど、仮説の域を出ないが、それは当然の事、箸墓の学術調査などでの補強が期待される。
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