「愛子様が将来の天皇陛下ではいけませんか」 田中卓

 私はこの著者を全く知らなかったが、1923年生まれ、45年に東京帝大を卒業した歴史学者であり、皇學館大学の学長を務めたこともある人物だ。そこからの推測も可能だが、この本の第二章に、「戦後も『皇国史観』の旗手として少しは学界で名の知れた田中」という文言があるので、そう自認してゐることは間違いない。


 さて、タイトルからもわかるやうに、著者は女性天皇を認める立場であり、さらに女系天皇も認めてゐる。いや、「認める」と言ふよりそれで全然問題はない、といふ主張を展開してゐる。ちなみに著者は、一般的には「容認」と言はれてゐるが「容認」は不遜だから「公認」を使ふ、と書いてをり、いかにも皇国史観の人物といふ感じである。さておき、私と同意見だが、もちろん考察の内容ははるかに深い。

 そもそもこの本は、平成17(2005)年11月に「皇室典範に関する有識者会議」の報告書が提出された事をうけ、翌年「諸君!」3月号に発表した論文への反応に対して、いくつかの雑誌に書いた応答をまとめたものだ。それらの「反応」には、男系男子継承を主張する論者からの批判が多く、従って「応答」は反批判が大部分になってゐる。批判の文は引用なので、本来はそれらにあたってみる必要があるのだが、まあ、そこまでやらなくてもいいだらう。


 著者の主張の眼目は、国体にとって最も重要なのは天照大神による「天壌無窮の神勅」である、といふ点にある。「葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。(中略)天壌(あめつち)とともに窮り無かるべし」といふのがその「神勅」なのだが、これは日本書紀神代巻の天孫降臨第一の一書にあるさうだ。

 著者によれば、本文でなく一書であることは諸説の一つを伝承した誠実な態度を示してをり、この思想の発生はおそらく天智天皇の時代と考へられる。そして、その頃まで皇統が連綿と継承されてきたといふ事実があるからこそ、日本書紀に記述されたのだ、とする。このあたりは、神話と歴史の混同ではないかという批判を念頭に置いたものだが、それについてはとうの昔に詳しい論考をしてゐるさうだ。

 そして、この神勅を発したのが女神であることを強調する。それが「皇室は原初において女系」を意味することをよくよく考へよ、といふわけである。


 もともと、男系男子継承は中国から移入された考へ方であり、その中国では、殷の時代には一妻多夫の習慣があった。それが周の時代に起こった儒教の男尊女卑思想に取って代はられ、男系男子継承が確立する。これは東洋史家にとっては常識らしい。日本でも、九州には女性首長が少なからずゐたことが、景行天皇の西征記事でもわかるさうだ。だから、男系男子継承は日本の誇り、といふ主張があるが、それは単なる事実であり、日本の誇りの本質は別にあると著者は言ふ(*)。記紀の編纂された時代は、古来の男女に尊卑をつけない風習と、外来の男尊女卑思想が混在してをり、記述にもそれが反映してゐると著者は考察する。

 さて、中国の王朝の制度を取り入れ、一夫多妻によって男系男子継承を担保してきたのが上代の皇室だったが、それでも皇統断絶の危機は(少なくとも二度)あった。そして、時代は昭和に飛んで天皇が側室を廃止した。この時点で、男系男子継承では皇統断絶のおそれがあることは明白だった。なお、宮家はあったが、財政上の理由から減少させることがすでに予定されてゐた。GHQによって宮家の範囲が縮小されたことをアメリカによる深謀遠慮とする論者も少なくないが、彼らはこの点を見落とし、あるいは無視してゐると著者は批判する。

 ちなみに、歴代天皇の約半数は、皇后ではなく側室との間に生まれた「皇庶子」であり、宮家の継承者は更に庶子の率が高かった。おおっぴらに取り上げるのがはばかられるため、あまり知られてゐないさうで、私も初めて知ったことである。ついでながら、明治天皇・大正天皇の生母はそれぞれ典侍(ないしのすけ)と権典侍(ごんないしのすけ)で、ともに宮中の女官である。両天皇は、後に皇后の実子として立太子されたさうだ。

 さて、その頃昭和天皇にはまだ男子がなかったことでもあり、本来はこの時期に皇室典範の改正を検討すべきだったのだが、さういふ動きは全くなかったらしい。更に現天皇の誕生で万歳万歳となり、その様相が確定してしまった。そして現代、秋篠宮以来40年に亘って皇族に男子が産まれない、といふ現実の危機が訪れるわけだ。


 ともあれ、男系男子継承でなければならないとする議論の弱点や矛盾を的確に衝いた著作で、しかも皇国史観からの論述といふのが面白かった。確か、小林よしのりが同様の立場・主張だったと思ふが、私は彼が嫌ひなので、きちんと読んだことはほとんどない。


 (*)日本の誇りは、建国以来一系の皇室によって統治され、他系の権力者や外国の侵略者によって帝位が略奪されたことが一例もないといふ歴史の事実である。吉田松陰も、「皇朝は万葉一統にして云々」と「士規七則」で皇国の誇りを説いてゐるが、男系男子などはと書いてゐない。ちなみに、「一系」より「一統」の方が太さが感じられて力強い言葉である。(要約)

 
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