六親等

 親族の範囲は六親等以内、と民法は定めてゐる(血族の場合)。これまで、それを深く考へた事はなかったが、ふと気づいたことがある。それは、六親等の血族とはほとんど会ったことがないといふ事実である。

 六親等といえば、親同士がいとこである場合が最も会ふ機会がありさうに思はれる。しかし、親のいとこといふのは意外とわからないものだ。私の場合、父のいとこは全く知らない。父の両親は北陸から北海道に移住した人なので、そのきょうだい、つまり父方の大おじや大おばすら知らない。母の両親も北陸らしいから同じことが言へる。「らしい」といふのは、母に、母の母がさうだと聞いたことがあるだけだからだ。

 次に会へさうなのは、いとこの孫だがこれには条件がある。つまり、かなり年長のいとこがゐる事、さらにその孫が比較的近いところに住んでゐる事である。私には父方にさういふいとこがいる。それは父の兄の子供で、一番上は23歳年長、一番下が6~7歳年長だ。多くは道内に住んでゐるが、彼らの孫はほとんど知らない。ただ、父の父が坊主で、その三代目が21歳年長のいとこであり、寺を継ぐといふ使命があるため、その孫つまり五代目には会ふ機会がある。とはいへ、これまで一度しか会ったことがない。

 それが唯一、六親等の血族と会った経験なのだが、数年後には寺に住むことになりさうなので、それ以後は結構増えることだらう。

 「唯一」と書いたばかりだが、実は以前にも会ったことがあるかもしれない。40年以上前の学生時代に、京都を含むあちこちを旅行したことがあった。その際、京都に近い瀬田で泊めてもらったところでの事だ。父に紹介されて行ったのだが、当時は遠い親戚としか教へられなかったと記憶してゐる。そこも寺で、住職が父のいとこだった可能性が高く、その子供たちと会ってゐるのだ。私より少し年長の兄と少し年少の妹、ほぼ同世代なので話があって楽しかったのだが、もし住職が父のいとこなら、彼らとは六親等の間柄といふことになる。


 ともあれ、一人か多くても三人しか会ってゐないわけである。翻って子供たちについて考へてみると、彼らも何度か寺に行ってゐるので現在の四代目、つまり六親等の血族には会ってゐるわけだ。これは先に挙げた親同士がいとこといふ関係になる。もっとも、それをはっきり認識してゐるとは必ずしも言へない気がする。


 「きょうだいは他人の始まり」といふ言葉があるが、いとこ同士といふのは、幼いころは会う機会が多くても、成長するにつれて疎遠になりがちだ。ましてその子供同士となれば、存在すら知らないことも大いにありさうで、親族といふ感覚は持ちにくいだらう。民法は明治32年の施行で、当時は大家族であり、六親等も比較的身近だったと思はれる。第四編(親族・相続)は昭和22年に全面改正されてゐるが、その当時もまだ大家族は生きてゐたから、憲法が変はっても親族の範囲は変更されてゐない。しかし、核家族といふ言葉すらあえて使ふ必要がなくなった現代、四親等に狭めても構はないやうに思へる。そもそも、親族であることが民法上どういふ効果をもたらすのかもよくわからない。通読した限りでは四親等以上離れると何もないやうに見えるのだ。まあ、それは本文の主題から離れるのでこの辺でやめておく。

 


  
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瀬田で泊まったときのことだが・・・、住職の母が父のいとこ、即ち、同世代の兄妹ではなく住職が私のまたいとこであることが判明した。
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