「下山事件 暗殺者たちの夏」 柴田哲孝

 24日に本屋でみつけ、あとがきを読んで購入した。今日読み終えたのだが、著者が断ってゐる通り、これは小説だが相当程度ノンフィクションに近い。

 下山事件を知ったのはいつのことか、思ひ出せないが高校生の時ではないだらうか。ひと月ちょっと後に起きた松川事件は、最高裁の判決を知って、では真犯人は?といふ疑問を抱いたのを覚えてをり、資料によればそれが昭和38年9月、中学3年の秋に知ったことになる。

 知った当初からしばらくは事件の概略だけだったが、その後、いろいろなことがわかってきてはゐた。まとめて整理されたものとしては、「日本の黒い霧」(松本清張)と「昭和史の謎を追う」(秦郁彦)を読んだ。前者は明確に断じてはゐないが米軍謀殺説、後者はそれに疑問を呈し、他の著作もとりあげて検討してゐるが結論は出してゐない。とはいえ、自殺説を採ってゐるやうに感じられる書き方ではあった。


 本書の大きな特色は、謀殺説をとってゐる著者が、そのグループの重要人物の孫であるといふ点にある。あとがきから引用する。

:平成三年(1991年)、祖父の二三回忌にあたる法要の席で、大叔母が突然、奇妙なことをいいだした。
 ”下山事件”をやったのは、もしかしたら兄さんかもしれない。
つまり、大叔母は、私に祖父の柴田宏(ゆたか)が、”下山事件”の犯人かもしれないといっているのだ。:

 以来著者は下山事件にのめりこみ、「下山事件 最後の証言」といふ本を出した(2005年5月、祥伝社)。これは数々の証言をまとめたものだったが、その後新たな証人が次々と名乗り出て、さらに同書の「完全版」(2007年7月)につながった。これらはノンフィクションであり、推論や主観、さらには虚構をまぢへてはゐない。あへてそれをまぢへ、全貌を描き出したのがこの小説である。しかし、かなり事実に近いと自負してゐることが窺はれる。ちなみに、その大叔母の本名は不明だが、本書には「末子」といふ名で登場する。


 さて、本書によれば、亜細亜産業といふ実在した会社がある。貿易が主業だが、いくつもの会社を傘下に抱へるコンツェルンの中枢もである。そして、政界や右翼、GHQなどにコネを持ってをり、不正な利益もかなりあるといふ、怪しげな会社だ。著者の祖父(柴田豊といふ名で登場する)はそこの常務であり、社長は矢板といふ人物だが、柴田よりかなり若い。役員たちは、謀略機関に所属してゐたなどの前歴を持ってゐる。

 傘下企業の中に、旧満鉄の上層部の食い扶持を稼ぐための「ロマンス社」といふ出版社がある。そこは鉄道弘済会や日本交通公社と大きな取引があるが、出版物をすべて買い取らせ、膨大な裏金を作ってもゐる。下山はその証拠をつかんでゐるのだが、どこに話を持って行くか迷ってをり、数人の候補者に会ふが、二人きりになることができないなどの事情によって、切り出せないままになってゐた。

 その動きをつかんだ亜細亜産業としては、それが表沙汰になるのは何としても避けたい。そこで何らかの方法で呼び出し、その証拠書類を奪ふことを計画する。もちろん手荒なまねをするわけで、仮にそれによって下山が死んでも構はない、その場合は自殺に見せかける、とコネがあって協力が必要なGHQなどには伝へるが、実は初めから殺害を考へてゐたのだ。

 折しも、下山は発足したばかりの国鉄の初代総裁であり、10万人規模の首切りを必須課題として与へられてゐた。これはGHQの方針で、首切りが済んだら副総裁をその地位に就かせることにしてゐた。下山は真面目な性格で、やるべきことはきちんとやるし、不正を見逃すことはしない。ロマンス社の不正は国鉄の経営にも影響のあることであり、それを根絶すれば首切りの規模も小さくできる。元々鉄道が好きで、鉄道省で技術畑を歩いてきてをり、国鉄の職員に対しては仲間意識があったやうだ。だから本当は、大量馘首をやりたくはない。そもそもこれは、公務員の大量削減を目指した定員法といふ法律の施行と一体のもので、ドッジラインによるインフレ脱却の荒療治の一環だったさうだ。

 もし下山が自殺したとなれば、さういふ立場での悩みが理由とされるだらう。また、殺されるならば、大量馘首に反発する労組の急進派の犯行と思はれて不思議ではない。共産党が国会で議席を増やし、地下では非合法闘争が行はれてゐた時代である。

 亜細亜産業は、さういふ情勢を踏まえ、できれば自殺と判断されるやうに、他殺とされても自らには嫌疑が及ばないやう、周到な準備をする。


 殺害方法は特異なものだった。「満州のやり方」と言はれてゐるのだが、腋の静脈に注射針を刺し、それをゴムホースにつなぐ。ゴムホースの一方の口を吸い、血液を流出させる。これは拷問なのだが、適当なところでやめないと死んでしまふ。下山は、はじめは口を開かなかったが、耐へきれず証拠書類の入手経路を教へる。しかし、大量失血で絶命する。この場面は背筋が寒くなる思ひだった。

 以後の詳細は省略するが、予定通り、常磐線の綾瀬付近で貨物列車に轢断させる。数人の替え玉が使はれ、三越付近や電車内で目立つ行動をしたり、安宿に滞在したり、「自殺」現場付近をうろうろして目撃者をつくったり・・・と様々な策謀があるが、中でも驚いたのは安宿のことだ。末広旅館といふ名で、そこの女将が下山と思はれる人物の滞在を証言する。これは下山事件に関心のある者にとって周知の事実で、自殺説の有力な根拠となってゐるのだが、本書では、その女将の亭主が元特高の男で、謀略に携わった経験のある柴田とも知り合いだったとされてゐる。だから、女将にも因果を含ませることが可能だった。そして柴田自身も替え玉を演じてゐる。

 ところで、捜査に一部携わった布施といふ検事が、女将の記憶があまりにも詳細で確かであることに疑問を抱く。そして、その事情聴取の翌日、再訪して尋ねる。昨日の私の服装は?これに女将はほとんど答へられず、彼はあの証言が作られたものと確信する。ちなみに布施は、後に検事総長としてロッキード事件を指揮した人物である。

 しかし、その後どこからか圧力がかかり、警察の捜査は自殺の方向に固められる。そして布施の出番はなくなる。


 もう一つ興味深かったのは、替え玉の中に西尾末広がゐたことである。西尾は顔立ちや背格好が下山とは似てゐない。しかし、なぜか替え玉として使はれる。当時西尾は議席を失ってをり、次の選挙で返り咲くことを熱望してゐた。本書によれば、そのために亜細亜産業や右翼の大物三島某に魂を売ったとされてゐる。西尾は社会党の右派で、後に民主社会党をつくるのだが、私にはちょっとした記憶がある。60年安保の頃だったと思ふのだが、新聞の、多分囲み記事の見出しに「西尾さんはガンだ もう党にいてほしくない」とあった。読んだわけではないが、社会党の内部事情であることは知られた。そしてその後、新党を設立したので、なるほどと思ったものだ。今調べたのだが、設立は1960年1月、従って件の記事は59年のいつかだったのだらう。

 それにしても、これはどういふ事か。ノンフィクションに近い小説なのだから、名誉にかかはる虚構は許されない。何か根拠があるのだらうが、それは書かれてゐない。もっとも、小説なのだからいちいち根拠を示す必要はない。そのうち「最後の証言」を読んでみやう。


 ともあれ、凄い本だと思った。公式には迷宮入りの事件だが、松川事件、三鷹事件とともに国鉄がらみの三大事件の一つ、帝銀事件なども含めて占領期の暗部にかかわってゐる。真相が知りたいといふのは当然の思ひであり、研究者も少なくないが、暗部ゆえの限界がある。思ひ過ごしといふ可能性もあるが、かなり真相に近いといふ印象を持った。

 なお、カテゴリーは「感想文」ではなく、「社会」にした。


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