タブーを破る?

 ネット上の友人が、彼のブログに今回の「玉音放送」について書いてゐるが、その中に次のやうな記述がある。

: 仮に政府が「生前退位は望ましくない、摂政で対処すべきである」と考えていたのなら、もっとずっと早く、例えば80歳になった時点で、摂政を置けばよかった。もし、生前退位に反対でもないという程度であったのなら、これももっとずっと早く、生前退位への道を開くべく法的整備に取り掛かるべきだった。要するに、こういう発言を天皇にさせることは、良くない。天皇陛下個人に対しても失礼と考えるべきである。:


 果たしてさうか?といふのが私の感想だった。結論ではなく、前提についての疑問である。なぜなら、この件について政府が以前から見解を持ってゐたとは思へないからだ。そもそも天皇の死亡、つまり崩御にかかはることはタブーに近い。それがマスコミで話題になる事はたまにあるが、多くの場合「畏れ多いことだが」といふ枕詞がつく。

 有識者会議が典範改正を提言する報告書をまとめたのは11年前だが、それに向けての準備はもっと前の1995年(平成9年)ころに始まってゐた(田中卓の著書による)。もう20年以上前である。しかしそれは、天皇の孫世代に男子がゐなければどうするかといふ問題意識からのものであり、天皇の高齢を意識したからではない。もっとも、当時の天皇はまだ六十代初めで、さういふ心配をする状況ではなかった。しかし、有識者会議が設置されたときは七十代に入ってゐたので、そろそろ考へてもおかしくはなかった。

 だが、有識者会議はその検討をしてゐない。それは政府が諮問しなかったからであり、つまり政府は崩御にかかはる事の検討を避けたわけだ。私の考へでは、避けたといふより考えてゐなかったのである。タブーだからだ。この言ひ方が循環論であることは承知してゐるので、以下になんとかまともな論理らしきものを組み立ててみる。


 昭和天皇は数え89歳で崩御したが、病床にあったのは4ヶ月ほどだった。そしてそれ以前は、政府もマスコミも、つまりほとんどの国民は表だって話題にはしなかったと記憶してゐる。また、時期は忘れたが、それ以前に病気で手術が必要になった際、医師たちには「お体にメスを入れるのは畏れ多い」といふ、いはゆる玉体論からの戸惑ひもあったと聞いてゐる。当時事に当たった医師たちは当然ベテランで、従って戦前の教育を受けてゐたから、さういふ意識があったのは理解できる。

 今の天皇も手術を受けてゐるが、それに類する話は聞いてゐない。それだけ時代が変はったのだが、崩御となると格段に意味が重い。命がいつか必ず尽きる事は誰もがわかってゐるが、人の死についてあれこれ言ふのは縁起でもない・不謹慎だ、といふ感覚がある。その対象が天皇となれば尚更だ。国を運営する政府にはその意識を乗り越える必要があるのだらうが、できれば踏み込みたくないと考へるのも無理からぬことと思はれる。

 加へて、皇室典範は天皇の終身在位を定めてゐるし、天皇に政治的な権能はない。仮に、何かの発言に政治的な意味が滲むことがあっても、無視するのが通例で、問題が生じたこともない。だから、天皇ご自身が退位や摂政を望むかもしれないなど考へたこともない、といふのが実情ではないかと推測するのである。


 さういへば、天皇はかうもおっしゃった。崩御による代替はりは、ある期間に亘って国民活動の停滞を招き、かつ後継者にとっては悲しみのうちに様々な務めを果たさねばならない。かうした事態を避ける事はできないだらうか。

 これをもう少し進めれば、退位による代替はりなら「かうした事態を避けること」ができる、となる。これは、家族経営の企業などを考へるまでもなく、極めて自然な考へだ。元々「隠居」といふ引退の形があり、江戸時代の武家では、幕府に届け出るといふ意味で一つの「制度」だった。街頭インタビューでも、多くの人が「引退結構、ごゆっくりなさいませ」といふ意味のことを言ってゐた。

 引退を受けて後継者がその務めを果たしている状態なら、先代の死は悲しい出来事ではあるが、通常の営為の中に葬儀などを組み込む事が「非常に辛い」わけではなく、停滞もさほど長くはない。天皇家の後継者だけに「非常に辛い思ひ」をさせるのは理不尽であり、天皇とはさういふものだ、と切る捨てるのは人間として冷たい態度だ。もっとも、さういふ辛さをも引き受けることで国民から更なる敬意を払はれるのだ、と言ふことも可能かもしれないが、少なくとも私はさうは考へない。別の言ひ方をすれば、明治政府は神の子孫といふ擬制をしつらへた上でその理不尽を天皇家に強いたのである。そして人間宣言から70年、明仁天皇は、そろそろ解放してもらひたいと望まれたのだ。

 この「自然な考へ」を、(私もさうだが)多くの人が皇室に当てはめてこなかったのは、改めて考へると不思議である。その点にもタブーであることを窺うことができる。であるなら、今回の「お気持ち表明」には、天皇ご自身が身をもってそのタブーを破った、といふ重要な意味があるのではないだらうか。
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訂正

 昭和天皇晩年の1984年に、「生前退位」について国会で議論されたことがある、といふことがわかった。

 そのときは、山本悟宮内庁長官が三つの問題点を挙げ、結局具体化しなかったといふ。

 ならば、必ずしもタブーではなかったわけで、それを踏まへて新たな検討をしなかったのかもしれない。。
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