天皇像と譲位

 昨年8月8日のビデオメッセージを受けて、譲位を含めた天皇の公務のあり方が検討されてきた。とはいへ、それは表向きの表現で、実態は天皇の譲位をどう実現するかが中心のテーマだ。伝はってゐる情報によると、今上陛下が譲位可能となる趣旨の特別法を制定する事になるやうだ。そういふ対応に私は反対で、皇室典範を改正して将来にわたって譲位を可能にすべきと考へてゐるが、今回のテーマはそれではない。

 あのお言葉でわかった重要な事は、陛下が日本国憲法のもとでの象徴のあり方を模索し、自らの行為でそれを表現してきたといふ事だ。それは当然、昭和天皇の姿をも参考にしてゐる。昭和天皇が一般国民に初めて生の姿を見せたのは、昭和20年代後半の全国巡幸だった。私は小学校に上がる前の年にそれを体験してゐる。

 母が「天皇陛下が来るんだよ」と言ひ、家族とともに駅まで行った。すると、黒山の人だかりでほとんど見えなかったが、駅前の広場で手を振ってゐたやうに思ふ。しかし、兄と姉に聞いてみると三人の記憶は全部違ってゐた。当時中2だった兄の記憶が最も信頼できると思はれるが、それによると陛下は駅に降り立たず、ゆっくり進む汽車の中から手を振ったらしい。

ともあれ、世は神武景気の直前、それに先立つ朝鮮特需で戦後復興が軌道に乗る頃だった。だから、敗戦に打ちひしがれて・・・といふ時代ではなく、その背景もあってか、この巡幸は大歓迎された。今上陛下ははたちを迎へる頃だったから、巡幸の意味や国民の反応も十分理解されたに違ひない。

 私は、この全国巡幸が現代日本人が持つ天皇像の原点ではないかと考へる。天皇の姿を見るのは正月の一般参賀や行事の時などだが、大災害に際して被災地を訪問し、住民を励ます姿は最も身近に感じられる場面だらう。個人的に強く印象に残ってゐるのは奥尻島の地震と津波の時のことだ。私の母親より少し年下に見える女性が、TV局の取材に答へて「美智子さん来てくれて・・・」と言ってゐた。「皇后陛下」や「皇后さま」ではなく「美智子さん」と呼ぶのは、ミッチーブームを知ってゐる世代にとっては普通の事で、私もさうなのだがそれはともかく、ずいぶん力づけられたに相違ない。何かの行事でたまたま身近に接する場合は、人気者を間近に見るのとあまり違はないかもしれないが、自分たちのために励ましに来てくれたといふのは比較にならない体験であり、天皇や皇室への敬意を高める。全国巡幸を原点と考へる理由がそこにある。

 「お言葉」の解説記事によれば、色んな所から臨席依頼があるがそれらを平等に考へてすべて応じるのが陛下の姿勢で、それも公務負担の増大につながってゐるといふ。そして、国民の目に見えない宮中での祭祀、目に見える国事行為や公務をすべて全身全霊で行ふのが象徴としての務めであると陛下はお考へだ。それを困難にする年齢条件が成り立ちつつあるといふ自覚から、あの表明となったわけである。

 ところで、譲位を好ましくないとする立場からは、天皇は、年齢や健康状態などの理由で姿を現せなくなっても国民の幸せを願ってゐて下さればそれで十分、目に見えることは摂政に任せればよい、といふ意見が出されてゐる。今や多くの人に知られてゐる日本会議などの立場だが、それには賛同できない。

 そもそも彼らは、大日本帝国憲法を本来の憲法と考へてゐるらしい。そして天皇親政が理想なのだが、それは流石に現代にそぐはないし、帝国憲法下にをいても天皇はほとんど意思決定をしなかった。そこで、宮中祭祀と民の幸せを祈る事に天皇のあるべき姿を求める。もっとも、双方とも帝国憲法にはないのだが、恐らくは祭祀が伝統的に行はれてゐる事や、伝へられる仁徳天皇の善政などが念頭にあるのだらう。そして、譲位や退位が混乱の一因となった歴史に鑑みてそれを否定した旧皇室典範を至高のものと考へる。

 その前提から前記の事が導かれるのだが、果たしてさうか。歴史を振り返れば、天皇親政はほぼ天智天皇から平安時代の初め頃までである。摂関政治・院政の時代を経て武家政治が始まる。後醍醐天皇は親政復活を試みたが一時的なものに終わり、南北朝時代につながる。それらの事態に譲位が関はったのは確かだが、室町時代の義満以降にさういふ事例はない。そして幕末、王政復古の大号令が発せられるが、実態は維新に功績のあった者たちによる政治であり、そのスタイルが憲法によって確定された。

 さらに言へば、天智以前は豪族の合議が重視され、天皇(大王)はそれに従って最終的な決定を下すといふ形態だった。明治憲法はそれを明文化したとも言へる。宮中祭祀がいつ始まったのかはよくわからないが、古代は祭政一致だったので、かなり古くからあるのは間違ひない。そして、民の幸せを祈る事についてはもっとわからない。前述した仁徳天皇の善政が史実だったとしても、すべての天皇がさうだったとは言へない。ただ、農業が主要な産業なので、五穀豊穣を祈ることは祭祀の大きな要素だった。それは国家経営の基盤となる税収のためだが、豊作は民の幸せにもつながる。だがそもそも、仁徳天皇が租税を免除したのは三年間とされてをり、それまでの税収による蓄へがたっぷりあった事を示してゐる。それだけ民は収奪されてゐたわけだ。

 推測ではあるが、天皇が真の意味で民の幸せを祈るやうになったのは意外に新しい時代ではないだらうか。ひょっとすると明治以降かもしれない。実権がなく奉られるだけの存在になってからの天皇にはあまりする事がなく、和歌を詠んだり祈ったりするだけだった。時折実権を持つ者の要請に応じて勅を発するが、形式的な手続きでしかない。それが自らの利益に結び付く場合も多かったわけで、民の幸せとはとりあへず無関係だ。もっとも、五穀豊穣の祈りは必要であり、税の徴収を司るのは実権者となれば、祈りの意識に民の幸せが大きな位置を占めるやうになるかもしれない。いづれにせよ、国民国家といふ概念がなかった時代に、民の幸せを祈るのが自らの役割であるといふ自覚があったとは考へにくいのだ。

 個人的な印象で言へば、その自覚が明確になり、国民もさう感じるやうになった画期はやはり戦後の全国巡幸である。そして数年後、ミッチーブームがやってくる。思へば、一部には美智子さんの入内を歓迎しない者がゐた。現在、それは宮中の保守的な者たちと言はれてゐるが、恐らく皇国史観に立つ者もさうだったらう。妃がたくさんゐた時代から、妃たちの頂点たる皇后の出自には厳しい制約があったし、王家の血筋でない女性が産んだ皇子は原則として天皇になれなかったのだ。さういふ事を言ひたくても、皇太子は未来の天皇であり、表立っての反論ができなかったにすぎない。


 やうやく本題に戻るが、日本会議などが言ふ祈る天皇とは、連綿と続いてきた祖霊祭祀と五穀豊穣の祈りを除けば、伝統といふほど長い期間に亘った姿ではない。そして現代、その二つは国民にとってさほど重要ではない。重要なのは民の幸せを祈る事、そしてそれが見える事だ。だから、祈る事はできてもその姿を見せることができなければ象徴としての務めを果たす事にはならない、といふ今上陛下の思ひ(私の解釈による)は、現代の日本と国民の意識を正しく把握した上でのものと言ふべきである。

 皇国史観は、恐らく藤原不比等によって編み出された天皇統治の正統性を主張するためのイデオロギーで、それが曲がりなりにも有効だったのは江戸時代初めまでだらう。幕末近くに国学者たちによって見直され、明治維新で再び採用されたのだが、実態として力を発揮したのは日本書紀以降の百年ほどと帝国憲法から敗戦までの六十年ほど、仮に倭国王帥升の時代が国家としての日本の始まりとすれば、およそ1900年のうちの一割にも満たない。そして、記憶に新しい方はこの国を滅亡させかけた。また、世界史的に見れば民主主義の時代になって久しい。日本は、普通選挙を画期とすれば九十年、現憲法からだと七十年ほどだが、それでも先の六十年より長くなった。

 その七十年を立太子前の小学生時代から過ごしてきた今上陛下が、恐らくは試行錯誤を経て持つに至った想念が「お言葉」に表されてゐる。それを否定するのは帝国憲法下なら不敬罪に当たるかもしれない。帝国憲法を奉ずるはづの者にとって、それは大きな矛盾であり、どう釈明するのか少なからぬ興味がある。今不敬罪はなく、天皇や皇族を批判するのも表現の自由として保護されるが、もしそれを持ち出すならご都合主義でしかない。 

 私は、天皇や皇室を敬はなければならないとは思ってゐない。だから、不敬罪に当たるやうなことを言ってはいけないとも思はない。あくまでも主張の内容が適切かどうかを問題にしてをり、私のものが適切で譲位否定がさうではないと考へ、その根拠を示したつもりである。なを、今上陛下は尊敬に値する人物と思ってゐる事を付け加へてをく。
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