祖母の生家と天橋立

 父方の祖母が福井県から北海道に来た事を知ったのがいつだったか、忘れてしまったが、その生家が寺と知ったのは10年ほど前である。住職となる僧は寺の娘を坊守に迎へるのが普通である。しかし、迂闊にもそれに思ひ当たらないまま、といふか関心が向かはないまま数十年過ごしてゐたのだった。そして、たしか2年前に寺の名を知った。何でもすぐわかる時代で、検索すると細かい住所もわかった。

 実は、43年前にそこの現住職と父の生家で会ってゐる。当時は、彼が僧侶で遠い親戚らしいといふだけの認識で、それ以上は知らうとも思はなかった。もう一人の遠い親戚らしい人物も一緒で、皆ほぼ同年齢で話が合ひ、それだけで十分だったのだ。

 さういふ過去があるので、いつか行ってみたいとは思ってゐた。父方の祖父は富山から渡道してをり、それは小学生の時から知ってゐるが、富山にはさほど強くは心が動かない。祖父は私が生まれるずっと前に他界してゐるから馴染みがないのだ。祖母は物心ついてから毎年会ってゐて、その都度小遣いをくれた。だからといふわけではなく、私は祖母が好きだった。そして、彼が現住職である事をフェイスブックで知ったのが約1年前、43年前の一件もあって行きたい気持ちが募った。


 ところで、私は小式部内侍の大ファンである。彼女の歌は百人一首にある「大江山・・・」しか知らないが、それしか伝はってゐないやうでもある。高校生のとき、学習雑誌でこの歌にまつはるエピソードを知って以来、ずっと理想の女性と思ってきた。だから、天橋立に行きたいといふ気持ちを持ち続けてゐた。


 さてこの度、その両方を訪れる機会に恵まれた。寺といふのは滅多なことでは引っ越さないので、祖母が生まれてから140年ほど経ってゐるが、当時と同じ場所にある。だから、改築されてはゐるものの生家である事は間違ひない。現住職は17代目と知ったので、もし移転してゐなければ450年くらい同じ場所にあるのだらう。それはさておき、双方の家系確認や43年前の事情など、色々な語り合ひはとても楽しいものだった。

 翌日は天橋立である。全部つながってゐると思ってゐたが、手前が少し切れてをり、橋を二つ渡った。写真は何度も見てゐるが、自分の足で行くとやはり違ふ。砂嘴の長さは2.6kmで、そのうち700mほどを歩いてみたが、見どころがいくつかあった。それらは割愛するが、浜が海水浴場になってゐるのには少し驚いた。この辺の人は日本三景で泳ぐのか・・・。地元民にとっては特別な事ではないのだらうと気づいたが、それにしてもうらやましい。戻ってから背後の山に登ると、まさしく写真で見る通りの景色、股のぞきもやってみた。また、文殊堂で扇をかたどったおみくじを引くと大吉、天気の良さもそれだったかとこじつけた次第である。


 あと、寺から30分ほどで行ける三方五湖と、舞鶴の引き上げ記念館にも行ってきた事を付記しておく。二か所で風光明媚を楽しみ、歴史の勉強もしてきた。ルーツ関係も当然含めて、ほぼ大満足の旅であった。43年前の「もう一人」(住職のいとこ)に会へれば「ほぼ」が取れるのだが、電話で話せたので良しとしやう。

 
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