甘粕正彦

甘粕正彦の名は、高校の日本史で知った。関東大震災の混乱に乗じて大杉栄と伊藤野枝を殺した「甘粕事件」の当事者としてなのだが、かなり後になって彼が満州映画協会(満映)の責任者だったことを知り、不思議に思っていた。

 このたび、「甘粕正彦 乱心の曠野」という本で彼のことを詳しく知ることができた。著者は佐野眞一、私は前著「阿片王」を読んでいたので、書店で見つけたとき、買うのに躊躇しなかった。分厚い本で読破までかなり時間がかかったが、「憲兵の権力を利用して大杉を殺害した悪人」という認識を全面的に改めることになった。

 甘粕は頭がよく、物事を冷静に判断でき、さらに事務能力や部下の掌握能力も高く、一言で言えばきわめて優秀な人物である。そして、大杉殺害はかれの犯行ではなく、軍ないしは警察、要するに国家権力そのものの責任を一身に引き受けたものだった。もちろん実行犯はいるが、それは明らかにされていない。

 なぜ殺人犯の汚名を着ることを引き受けたのか、それは彼自身が無政府主義を危険思想と考えており、殺害を支持して、自分が表面的な責任を負ってもいいと思ったようだ。裁判(軍法会議)が行われ、その場で甘粕の犯行を疑う弁護士の尋問にも冷静に嘘をつき通した。ただ、一緒にいた子供の殺害だけは最終的に否定している。

 事件から3年ほどで大正天皇が崩御し、昭和天皇の即位に伴う恩赦で釈放されたが、しばらくはマスコミに追い回され、逃げるようにパリに渡る。途中省略するが、帰国後満州事変を演出し、満州建国の際は溥儀を連れ出して保護する、という重要な役を担うなど、謀略の世界に身を置いた。そして数年後、満映の理事長になる。

 溥儀はほとんどの日本人を信用しなかったそうだが、甘粕には信頼を置いたというし、腐敗していた満映をあっという間に立て直した。生き残っている職員は、あんなに仕事のできる人は見たことがないと著者の取材に答えている。

 甘粕は、大杉事件については一切語らないまま墓に入った。その死は、日本の敗戦に殉じた自殺で、天皇を崇拝し、皇国史観で一生を貫いた男の最期としては見事なものと言える。

 ところで彼が真犯人でないことは、昭和51年に死因鑑定書が発見され、裁判での供述と全く違うことが判明して明らかになった。甘粕は素手で首を絞めたと言っているが、鑑定書によれば撲殺だったのだ。

 また、彼は、あの上杉謙信の下で川中島でも活躍した甘粕長重という武将を始祖とし、長重から数えて13代目だという。そういえば、「天地人」でパパイヤ鈴木が甘糟某という人物を演じているが、それが2代目あるいは傍系かもしれない。

 さておき、満州は面白い。石原完爾や板垣征四郎は歴史では表の顔だが、甘粕や里見甫(阿片王)・川島芳子、そして李香蘭など教科書には出てこない(甘粕は大杉の事件だけだ)人物を追うと裏が見えてくる。

 
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