アメリカ独立記念日と日本の「誕生日」 その2

 そもそも、この国がいつから存在しているのか、正確なことはわからない。「国」をどう定義するかによっても違ってくるが、統治機構と考えるなら、「倭国王帥升」がいた2世紀初め頃がさかのぼれる最古だろう。その数十年前後に、誰もが知っている卑弥呼が登場する。帥升や卑弥呼が治めていた「倭国」は小規模な連邦で、その範囲は九州北部だったと思われる。「女王の都する」邪馬台国が大和にあったとすれば飛躍的に広がるが、そう考えてもせいぜい近畿から九州の北半分までなのだ。魏志倭人伝に出てくる国々は連邦を構成する州といえるが、現代の感覚では市町村、広くとっても郡のようなものだ。

 大和朝廷が本格的な「国」の統治機構であったことは疑いないが、帥升や卑弥呼を戴いた「国」との連続性が確実でない以上、卑弥呼共立をこの国の誕生と決める訳にはいかない。もし邪馬台国が大和にあったとすれば、女王国と大和朝廷の連続性は推定しやすい。また、いわゆる「邪馬台国東遷説」を採れば当然連続性があるが、いまのところ「説」でしかない。両者が全く別物だったとすれば、大和の勢力が女王国系統の勢力を滅ぼして「天下統一」を果たしたと考えられる。いずれにせよ、卑弥呼から大和朝廷まで少なくとも100年以上、帥升からならざっと200年の期間があり、その間の史料が乏しくて確定的なことは言えない。

 してみると、大和朝廷の成立をもって誕生とするのがとりあえずはよさそうだが、それがいつかは、おそらく4世紀前半という推定はできるものの確定はできない。誕生の年さえよくわからないのに、日を決めるなど無理な話だと思う。だから、イデオロギー抜きに考えれば、40年ほど前の政府の説明は一応受け入れることも可能だ。神武神話があることは間違いないのだから、それとしてとらえた上で古代に思いをはせるのも悪くない。だがそれが大半の国民に納得されるには、この国を破滅させかけた皇国史観の亡霊がただの昔話になる必要がある。それには、まだ100年くらいかかるかもしれない。
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