夏休み

 学校は夏休みである。夏休みといえば宿題がつきものだが、私の小学生時代には「夏休み帳」というのがあり、一日1ページ構成で、三つくらいの問題が載っていた。

 宿題はそれだけ、易しい問題だったので三日もかからずに終わり、あとは遊んでばかりいた。そのほかに絵を一枚とか、作文一編とかあったような気がするが、いわゆる自由研究の範囲で、強制ではなかったと思う。とにかく、勉強はわずかしかしなかった。

 ある人にその話をするとうらやましがられたが、ほぼ同時代の人物なので、不思議に思ったことだ。地域によって違ったのだろうか。その人は札幌、私は田舎町だったから、教育環境は少し差があったのかもしれない。

 それは冬休みも同じで、やはり冬休み帳を数日で片付けると遊んでばかりだった。だから新学期が始まるのが嫌だったものだ。特に二学期は4ヶ月ちょっとと長いので、うんざりという気分だったが、9月になる頃にはあきらめているのが常だった。

 ふと考えると、通常の日もあまり宿題は無かったようだ。要するに当時の小学生にとって、学校にいない時は遊ぶ時間だった。今、小学生にどんな宿題が出ているのか知らないが、宿題の他に塾へ行く子も多いようで、遊んでばかりで過ごせた私は幸せだったと思う。
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九州の片田舎の夏休み

春海さんより、少し年少組ですが、昭和30年代後半の夏休みの記憶でいうと・・・・春海さんと同じです。
夏休帳なんて、薄っぺらなもので、友達と手分けしてもらった日に終わったりしてました。
だから、学校はあの手この手の手練手管・・・・・登校日に夏休帳を持ってこさせて・・・・全部おわってたら「だめじゃないの」と注意されたりして^^
田舎では、塾 という「概念そのもの」がなかったのです。そのため、自由研究で将棋を発表したいとおもったら、将棋を本格的にやっている人を探さなくてはならなくて・・・・そういう人が、警察署、消防署、学校の先生にいたので、多くの子供が、勝手に誰かに師事していました。
私は、キャンプ生活にあこがれて、軍人だったおじいさんに師事しましたが、反戦思想を持つ両親は、あまり好ましくないと思っていたようです。 ま、小学生が、元軍人のおじいさんを中心に何人かで、勝手に飯盒炊爨をするんだから、反対でも当然だと思いますが・・・・・

という、時代だったんでしょうね。安全な時代・・・・

そうですか!

やっぱり田舎だからかな^^
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丸山恒平

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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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