「嫌煙権」 その1

 この言葉はすでに市民権を得ているが、改めて考えると奇妙な言葉だ。「○○権」はたくさんあるが、「嫌」という、感情的な文字が使われているのはこれだけだからだ。1978年2月に「嫌煙権確立をめざす人びとの会」が発足し、さらに4月、「全国禁煙・嫌煙運動連絡協議会」が結成された。それが日本の「禁煙・嫌煙運動」の始まりであり、その時に「嫌煙」・「嫌煙権」という言葉が生まれたわけだ。

 工場の煙や車の排気ガスなどによる大気汚染への感心が高まった1970年代、「環境権」という言葉が定着した。その具体的な内容の一つとして「きれいな空気を吸う権利」があり、その一部として位置づけられたようだが、それなら「避煙権」とか「免煙権」でもよかったはずだ。あえて「嫌煙権」とした理由はわからないが、感情的な文字を使ったことに、この運動の本質の一端が表れているのではないだろうか。

 当初は、列車に禁煙車を設けるとか、レストランなどに禁煙席を作るとか、喫煙者にも納得できる事を求める運動だった。しかし、1980年代後半にWHOが禁煙運動に取り組み始めてから様相が変わってくる。特に、「受動喫煙による健康被害」という観点が登場すると、嫌煙運動はタバコが嫌いな人の”ささやかな”要求から、”お墨付きを得た”喫煙者迫害運動へと変質したようなのだ。

 その成果として2003年に「健康増進法」が成立し、以来6年、タバコが吸える場所は極端に減ってしまった。いまや喫煙者は、まるで危険人物であるかのように隔離されつつある。ここに至って、「嫌」という文字が改めて注目される。つまり「嫌煙権」は、まともな権利というより、感情的に喫煙者を圧迫する振る舞いをカムフラージュする言葉に成り下がったたように思われるのだ。「避煙」や「免煙」ならそうはならなかった、という保証はないが、「嫌」はそういう転落を象徴しているように思われる。

 「そんなことはない」と嫌煙者は言うだろう。健康に暮らす権利は生存権の一部であり、受動喫煙によってそれを阻害されるいわれはないことを主張しているだけだと。しかし、受動喫煙がどれほど健康に害を及ぼすのか、あまりアテにならないデータを針小棒大に利用しているだけ、というのが実態である。

 
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