藤圭子ふたたび その3

 五木の文を抜粋して載せておこう。「ゴキブリの歌」の中の一編”艶歌と援歌と怨歌”から・・・

 
 歌い手には一生に何度か、ごく一時期だけ歌の背後から血がしたたり落ちるような迫力が感じられることがあるものだ。それは歌の巧拙だけの問題ではなく、ひとつの時代との交差のしかたであったり、その歌い手個人の状況にかかわりあうものである。
 彼女のこのLPは、おそらくこの歌い手の生涯で最高の短いきらめきではないか、という気がした。日本の流行歌などと馬鹿にしている向きはこのLPをためしに買って、深夜、灯りを消して聴いてみることだ。おそらく、ぞっとして、暗い気分になって、それでも、どうしてももう一度この歌を聴かずにはいられない気持ちになってしまうだろう。
 ここにあるのは、〈艶歌〉でも〈援歌〉でもない。これは正真正銘の〈怨歌〉である。彼女の持ち歌は少ないが、選曲も、編曲も、鮮やかにこの歌い手の〈怨念〉の核を見抜いて作られている 見事なレコードだと言っていい。しかし、この歌い手が、こういった歌を歌えるのは、たった今、この数ヶ月だけではないか、という不吉な予感があった。これは下層からはいあがってきた人間の、凝縮した怨念が、一挙に燃焼した一瞬の閃光であって、芸としてくり返し再生産し得るものではないからだ。彼女は酷使され、商品として成功し、やがてこのレコードの中にあるこの独特の暗く鋭い輝きを失うのではあるまいか。

 
 五木の「不吉な予感」が当たったのかどうか、2枚目のアルバムを聴いていない私にはわからない。だが、今になって色々聴いてみると前回書いたような感想になる。そして私にとっての藤圭子は、1970年7月発売の「命預けます」で終わっているから、私の思いと五木の予感はほぼ重なっていることになろう。

 なお、今このCDを聴いてみると、やはり素晴らしいが、36年前に聴いたときとは、どことなく違う。それはおそらく自分の状況の差によるもので、歌い手にとっても聞き手にとっても、時代が大きな影響を持つことを改めて思う。(おわり)
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