さういふ競技があることを、つい数日前まで全く知らなかった。もともとラグビーは好きだが、同じフットボール系統のサッカーに比べて人気がなく、TV放映も少ないのを残念に思ってゐた。なんであんなにイライラするゲームに人気があるのか、ラグビーの方がよっぽど面白いのに・・・と思ってゐた。ところが今年、ワールドカップで3勝を挙げ、にわかに注目を浴びるやうになった。そのワールドカップにしても、これまであまりマスコミで取り上げられてはこなかったのだが・・・。

 さてをき、その流れで7人制も報道されるやうになったのだが、なんとリオ五輪の正式種目になってゐて、その出場権を賭けてのアジア大会が行はれてをり、しかも、日本はいいところにゐるのだった。そして昨日、その決勝戦があり、香港との試合が放映された。


 7人制は、15人制と同じ広さのコートで行はれ、ルールもはほとんど同じだといふ。ただ、半分以下の人数なので走り回る量が大きく、そのため7分ハーフといふ短い時間になってゐる。昨日の決勝は10分ハーフ、これがどういふ意味なのかよくわからないが、それでも25分程度で試合は終わった。動きも激しいし、短時間なので集中して観戦できた。サッカーではかうはいかない。

 さて、試合は前半3分ころ、香港が先制のトライを挙げた。守りの手薄な右サイドにボールを出し、パスを受けた選手がラインぎりぎりを駆け抜けたのだ。さらに数分後、もう一つトライを決められ、0-10となったときは負けるのではないかと思った。

 しかし、1トライを返して5-10で前半終了、望みをつないだ。後半は日本が攻勢の展開、もみ合ひからキックでボールを出し、それを敵味方一人ずつが追ってライン際で衝突、トライできたやうにも見えたが判定はノートライ、しかしいい位置での日本ボールとなり、同点に追いつくトライにつながった。ゴールも決めて12-10、この試合初めてのリードを奪う。さらに勢いの赴くまま1トライ、終了2分前にもトライを決めて勝利が不動となり、24-10でノーサイド。

 これで来年のリオ出場が決まったのだが、一連の流れでラグビー人気が高まるものと思はれる。すると、15人制も含めてTVでの放映も増え、さらにファンが拡大する、といふ好循環が期待できる。サッカーも、Jリーグの発足からワールドカップへの道といふ経過で人気が高まったわけで、ラグビーもそれに似た経過をたどることが期待できる。
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 江戸時代、川柳がはやって「俳風柳多留」などの本が出版された。これはその中にある句だが、一見何のことかわからない。ただ、官女といふからには宮中に関わるもので、あまたゐる官女の中に玉虫といふ名の者がゐたことはわかる。しかし、ほかは名が知れてゐないとはどういふ事か。

 川柳には、歴史上の事柄を面白可笑しく詠む詠史句といふ分野があり、これもその一つである。題材は様々だったらうが、源平ものはかなり人気があったらしい。平家物語はもちろん、源平盛衰記や義経記など史料が豊富にあり、人物像やエピソードがよく知られてゐたからと思はれる。

 さて本題、この句は屋島での「扇の的」が題材になってゐる。那須与一が後世に名を残すことになった有名な場面だが・・・平氏は都を落ちて西海へ向かふのだが、天皇を奉じて三種の神器も保持してをり、一団は軍事的なものであると同時に内裏でもあった。従って官女たちも大勢ゐたわけである。

 その屋島で、平氏は海からの攻撃を予想して海岸に陣を敷き、内裏は山側に設営してゐた。ところが、義経がその山側を背後から襲ふ作戦を取ったため、混乱した平氏は海に逃げる。海に平氏、岸辺に源氏が対峙する状況で、日暮れになって戦は中断される。そのとき、一艘の船が岸辺に近づき、ある官女が船べりに扇を立てるのだ。

 この官女が、源平盛衰記によれば玉虫といふ名前だった。「よはい十八九ばかりなる女房の、まことにゆうにうつくしきが・・・」と「平家」にあり、「盛衰記」には「今年十九にぞなりける。雲の鬢(びんずら)雪の膚(はだえ)、絵に書くとも筆も及びがたし」となってをり、凄い美人だったらしい。その玉虫も、壇の浦で海の藻屑となってしまふのだが・・・。

 さてをき、大勢の官女の中で名前がわかるのはこの玉虫だけ、といふことを川柳子は言ってゐるのだった。


以上、「江戸川柳で読む平家物語」(安部達二、文春新書)によって知ったことだが、当時の川柳詠みはかなりの教養人が多かったと思はれる。「平家」などばかりでなく、中国の古典にも通じてゐたやうで、秦の始皇帝が刺客に襲はれた時、屏風(一双)を踊り越えて逃げたさうだが、それを踏まへた「八艘と一双逃げて恥ならず」という句もある。「八艘」はもちろん義経の八艘飛びである。

 ところで、八艘飛びや扇の的は、私にとっては小学生の頃から知ってゐ常識だが、近年の子供達は知ってゐるのだらうか。調べたわけではないが、あまり知らないやうな気がする。もしさうであればなんとなく寂しい。
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 小学校高学年から中学生の頃、「スチャラカ社員」といふコメディがあった。日曜の昼過ぎに放映されてをり、面白くて毎週見てゐた。出演はミヤコ蝶々、中田ダイマル・ラケット、人見きよし、藤田まこと、白木みのるなどで、売れる前の藤純子も短期間だが出てゐた。

 提供は小野薬品で、当時「アテロ」といふ薬の販売に力を入れてをり、CMソングを白木みのるが歌ってゐた。また、テーマソングもあり、両方とも、歌詞・メロディを今でも覚えてゐる。一応書いてをかう。

  動脈硬化も 血圧も  コレステロールの せいなるぞ (中略)
  われにアテロの 味方あり  アテロで気分は 日本晴れ


  車も持たず 金もなく  満員電車に 揺られてる
  スチャラカ社員の 出勤は  いつも定刻 五分過ぎ


 さて・・・つい最近、「日本の軍歌」といふ本(辻田真佐憲、幻冬舎新書)を見つけ、購入して読んだのだが・・・。その中で「敵は幾万」が取り上げられてゐた。「敵は幾万ありとても」で始まるのだが、そのフレーズだけはなぜか知ってゐる。しかしそのあとの歌詞も、メロディも全く知らなかった。そもそも、このフレーズが軍歌の一部といふことさへ知らなかったのだ。

 ところが、載ってゐる楽譜を追ってみて驚いた。アテロのCMソングと同じだったのだ。もちろん順序は逆で、このメロディを借用してCMソングを作ったわけだ。七五調は日本人の言語感性そのものであり、巧拙を問はなければ誰にでも作詞できる。作曲はさうはいかないが、そこで人口に膾炙した軍歌を利用したのだらう。

 さらに、「勇敢なる水兵」といふのもあり、そのメロディがテーマソングに借用されてゐるのもわかった。歌詞の一部を書いてみると、

  敵は幾万 ありとても  すべて烏合の 勢なるぞ
  烏合の勢に あらずとも  味方に正しき 道理あり
  (中略)
  などてたゆたふ 事やある


  煙も見えず 雲もなく  風も起こらず浪立たず
  鏡のごとき 黄海は  曇りそめたり 時の間に
  (以下略)
 
 CMソングやテーマソングは、歌詞も部分的に語法をまねてゐることがわかるだらう。この番組が放映された1960年代前半は戦後20年に満たない頃で、これらの軍歌を覚えてゐる、と言ふよりそれが体に染みついてゐる世代が、高度成長を担い始めた時代である。さういふ人たちにとって、これらは覚えやすい歌だったに違いない。あるいは、なにがしかの感慨とともに否応なしに覚えてしまったのかもしれない。

 当時、両親も一緒にこれを見てゐたが、歌に関して話題になることはなかった。その内心がどんなものだったか、今となっては知りやうがない・・・。ただ、8歳半年長の兄によれば、30年ほど前、カラオケに連れて行って「戦友」をかけたら父が泣き出したといふ。してみると、スチャラカ社員をコメディとして楽しみながらも、毎回聞こえる歌には複雑な思ひがあったのではないか、と推測される。
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 ある雑誌でこの本を知り、面白さうだと思った。「はじめに」を立ち読みしてその感じを強くし、購入して一気に読んでしまった。


 「水戸黄門」が放送終了になった時、「一つの時代が終わった」といふ調子のマスコミ報道があった。それがちょうど三年前だったのを改めて知ったが、著者によれば2000年頃から人気が急落してをり、いくつか挙げられたその原因の中で「なるほど!」と思ったことがある。

 黄門様に石坂浩二や里見浩太朗を配したことがそれである。このドラマの実質的な主役は色男の助さんであり、力持ちの格さんがその引き立て役、黄門はあくまで後ろで睨みを利かせる司令塔である。だから歴代のドラマ(映画も)は助さんに二枚目の人気俳優を配し、黄門には東野栄二郎以下名脇役を起用してきた。ところが石坂や里見は堂々たる主役を張る俳優だ。その影響で助さんは少し見劣りする者が演じることになり、内容も黄門が前面に出るやうに変はってしまった。この番組を熱心に見てゐたわけではないが、指摘されれば「さうだったなあ」といふ気がする。

 実は、このことのさらなる原因がたくさんあり、本書では時代の移り変はりを通観しながらそれを追っている。するとこれは必然的な帰結であり、時代劇は廃れる宿命にあるといふことがわかってくる。著者は、時代劇を愛するが故にそれを回避したい思ひを強く持ってゐる。「時代劇は死なず」といふ著書もあるのだが、いまや時代劇は、「死なず」ではなく「死にきれずにもがき苦しんでいる」。ならばいっそのこと自分の手で介錯してやるのが愛する者の努めではないか・・・と「あとがき」に書いてゐる、わずかな望みを託しながら・・・。


 さて、「時代の流れ」といふ観点からの記述を割愛しては著者に申し訳が立たない。それをすべて紹介するのは骨が折れるのでやめておくが、大きな流れとしては次のやうな事だ。

 1960年代、映画はテレビに取って代はられる趨勢が生じた。1950年代、観客動員数は常に十億を超えてゐたが、63年には五億に半減する。そして時代劇も、それまでの年間150本前後からわずか2年で半分以下になり、67年にはなんと15本に激減した。

 その趨勢の中で、画面が小さく画質も劣るテレビでは安直な時代劇が作られるやうになった。観る方も家庭での団らんのひとときに軽い気持ちで・・・といふ姿勢になったのでそれでも構はなかったのだ。そのことが作り手の慢心を生み、映画製作会社の苦境と相まって、きちんとした時代劇を作る環境が次第に失はれて行く。一つの現れとして、時代劇には独特の所作や言ひ回しがあるのだが、それらをきちんと身につけて演じる事のできる役者も、指導できる監督もどんどん減っていった。その他にもいろいろなことが挙げられてゐるが、多くは業界の体質に起因することであり、それはさらに社会情勢に遠因が求められる。であれば、時代劇の凋落は時代の必然と言ふしかない。それが前述の「あとがき」での述懐につながるのだ。


 ところで、春日氏は1977年生まれである。日大芸術学部で勉強し、時代劇の面白さに惹かれてその研究を生業とするに至った若者である。よく「その若さで時代劇ですか」と驚かれるさうだが、彼によれば、その感想自体「時代劇は高齢者のもの」といふ偏見(?)によるもので、さうなってしまった理由が本書で解明されてゐる。昔は世代を問はず人気があった。そして、その頃子供だった人が今や高齢になっただけであり、もし述べられてゐるやうな事情がなく、面白い時代劇が作り続けられてゐれば、時代劇ファンも再生産され、今も世代に関係なく一定の人気を保ってゐるはずなのだ。


 春日氏と同じ年齢の息子があり、鞍馬天狗の登場に皆とともに拍手した世代の者として、外れることにわずかな期待を持ちつつ、再び「あとがき」から著者の見通しを紹介してをく。

 :恐らく、時代劇はこのままではそう時間のかからないうちに「死ぬ」だろう。人を育てることを放棄し、若者が希望を持てない業界に未来などないからだ。
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少し前に読んだのだが、とても面白かった。

 旧かなづかひといへば丸谷才一が頭に浮かぶが、私は彼の著作をほとんど読んでをらず、何かで(「日本語のために」だったか?)旧かなを使ふべきと書いてゐたのを記憶してゐる程度である。何十年も前でほとんど忘れてしまったが、今回この本を読んで旧かなづかひのことがよくわかった。


 旧かなづかひは勉強しないと読みにくい、といふ先入観があるが、著者はそんなことはないと言ふ。ある短文を学生に読ませたら、ほとんどがスラスラ読んださうだ。そして面白いことに、別の教室で「これは旧かなづかひで書かれた文です」と教へてから読ませると、多くの学生がつっかかりながら読んだといふ。大学生なので高校で古文をやったはずだが、必ずしも古文が得意だったとは限らないのにスラスラ読めた、といふのは意外だった。

 さらに著者は、「さくらさくら」の歌詞を旧かなづかひで書いて学齢前の子供に読ませるといふ事もしてをり、例へば「にほひ」を「ニオイ」と読むことについて特別な注意はしないさうだ。その方がうまくいくらしい。

 私も試しに、あるSNSに旧かなで日記を書き、読みにくかったかどうかを尋ねてみたら、コメントをくれたのは数人だったが、そんなことはなかったといふ回答だった。ちなみに彼らの年齢は五・六十代である。

 著者も書いてゐるが、新旧で異なるのは主に「ハ行」と「ワ行」、あとは「よう」「こう」などが「やう」「かう」などになったり、「ぢ」と「づ」が時々出てくるくらいだから、改めて考へると頷ける話である。


 さて著者は、新かなづかひを制定した最大の理由が「音韻に忠実に」であることを批判してゐる。ここでは「さう」を取り上げてみる。新かなでは「そう」であり、「さう」と書いて「ソ-」と読ませるのは不合理だ、とするのが新かなの思想だが、これをローマ字で書くと「sau」となる。この中の母音「au」は、世界中でほぼ「オー」に近い発音になってゐる(ドイツ語は違ふが)。例えば英語の「August」はラテン語で「アウグスト」だったものが「オーガスト」に変化したのだが、それはほぼ必然の音韻変化によるものだ。日本語における発音と表記のずれも大半はこの法則に従ったもので、英語が「August」の表記を変へないやうに、日本語も変へる必要はない。「さう」を「ソー」と読むのがそんなに負担か?といふわけである。確かに戦後まもなくまでは皆自然に読んでゐたのだ。もちろん教育によって読めるやうになったのだが、その教育をあえて変へたのはばかげたこと批判してゐる。

 批判の理由は他にもいろいろ挙げられてゐるが、ここでは深入りしない。ただ、私としては大いに賛同できたので、この文も旧かなづかひで書いてみた。ワープロではちょっと手間がかかるが、まあ、さほどの事ではない。今後もさうしやうと思ってゐる。


 ところで、著者は漢字教育にも言及してゐる。当用漢字や常用漢字を制定したこと、さらに新字体を作ったことも批判し、正字を推奨してゐる。それに触れた章では「旧」なども正字で書かれてゐるのだが、出版社の手間を考えてそこだけ、本のタイトルも新字体である。
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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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