2月上旬からこの学園の話題が出始め、月末近くからは連日のやうに報道されてゐる。それには、二つの理由があり、一つは新設予定の小学校に関はる用地取得の不自然さ、もう一つは教育方針の特殊性だ。

 事の発端は一つ目の事で、評価額が10億ちょっとの国有地をおよそ1/10で取得したといふ。これまでにわかったのは、当初賃借だったが約1年後に買ひ取りになった事、学校を建てる過程で地下に廃棄物が発見された事、その処理費用が9億円弱と見積もられたためにさういふ価格になった事、しかし実際の費用は1億ちょっとだった事、さらに廃棄物の一部を埋め戻した疑ひが強い事などである。

 いかにも怪しい話で、土地価格については政治家の関与が推測できる。実際、鴻池氏が関はりかけたのは本人も認めてゐる。ただし、賃料を安くしてほしいなどの陳情を受けた際に現金と思しき包みを差し出されて激怒し、断ったさうだ。贈賄での告訴も可能かもしれないが、さてをきこれは事実らしい。そこで別の政治家の関与が疑はれる事になり、麻生氏周辺が取りざたされてゐるが、現段階ではどうなるかわからない。

 二つ目の教育方針だが、学園理事長の籠池氏は日本会議の大阪代表といふポストについてをり、当然日本会議の思想を反映してゐる。また、新設予定の小学校は神道に基づいた教育を謳ってゐる。私学なので、それらを批判される筋合いはない。だが、すでにある幼稚園の運動会で、安倍首相を支持する内容の選手宣誓をさせたり、中国や韓国を非難する事を言はせたり・・・となると、明らかに政治的中立から逸脱してゐる。

 また、園児の用便を制限し、漏らしてしまった者に排泄物を包んで持ち帰らせるといふのは、園児の年齢や衛生の観点から異常としか言へず、即刻改めるべきだらう。

 教育勅語を暗唱させるのも異常だが、籠池氏の思想からは当然の事と思はれ、私学でもあるから反対はしても非難はできない。ただ、もしさういふ教育が広く浸透したら、この国は再び危なくなるだらう。願はくは「異常」であり続けてほしい。


 さて、これら二つの事柄とは一応別でありながら一部で重なってゐるのが安倍首相との関係だ。その小学校の名称は「瑞穂の國記念小學院」といふのだが、計画当初は「安倍晋三記念小学校」で、安倍昭恵さんが名誉校長を務めることになってゐた。名誉校長の件は現在うやむやな状態らしいが、設立のための寄付金集めでは、園児の保護者などにその名称が記載された振り込み用紙が送られてゐる。映像が公開されてゐるので確かなことだ。

 それらに関はる質問に対し、安倍首相はさらりとした関係と受け取れる答弁をしてゐた。しかし、次第にさうではないことを窺はせるに十分な情報が出てくる。初めのうちは、「籠池氏は私の考へ方に共鳴してゐる」とか「森友学園の教育はすばらしいと妻から聞いてゐる」などと答へたが、その後、同氏とは一面識もないとした。これらの発言は必ずしも矛盾しないが、様々なことから面識がありさうに思はれる。昭恵さんの講演料も「受け取ってゐない」だったが、学園には支払った記録があると指摘されてうろたへたらしい(この部分はリテラによる)。

 何より、安倍晋三氏は間違ひなく日本会議とつながりを持ってゐる。彼の思想自体が戦前回帰的だし、日本会議はそれを鮮明に打ち出す団体だ。そして名前は忘れたが日本会議に同調する政治家組織(単なるグループ?)には多くの保守系政治家が名を連ねてをり、安倍氏はその一員といふより重鎮である。従って、安倍・籠池両氏に接触があっても全然不思議ではない。ある方が自然といふ見方すらできるかもしれない。昭恵さんは幼稚園で講演したり、名誉校長を引き受ける(経緯と現状は定かでないが学園側が求めたのは確実)など密接な関係を持ってをり、その夫であり、思想的にも共鳴する首相が、面識の有無はさてをきさらりとした関係に過ぎないとは考へにくい。市井の人物の妻がたまたま籠池氏と知り合って云々、といふ話ではないのだ。


 この記事で言ひたかったのは、森友学園の教育方針への疑問、国有地の賃貸料や売却価格の不透明さから窺はれる政治家の関与、安倍首相と学園理事長との関係の怪しさであるが、三つ目について補足してをく。

 どんな人にも思想や交友関係があり、その二つは多くの場合結びつく。だから、思想を同じくする二人に交友関係があってもそれは自然な事で、とやかく言はれる筋合ひはない。ある人物が、思想的に共鳴する人と妻も含めて交際し、彼の事業に協力する事にも問題はない。ただし、この件ではその思想に現憲法と整合しない部分がある。そしてその人物は、憲法の尊重・擁護を義務づけられてゐる国務大臣のトップたる安倍晋三首相である。

 個人としての思想信条の自由、首相としての憲法尊重擁護義務、その矛盾は当然本人も自覚してゐる。仮に協力したとしても、「私にも基本的人権がある、思想を同じくする知人の事業に協力して何が悪いのだ」と開き直るわけにはいかないのだ。協力したかどうかは不明だが、妻の名誉校長就任を承認(黙認?)してをり、少なくとも非協力的でなかったとは言へる。そして、実態は今の控へた表現以上だった疑ひがあり、それは答弁の様子からも窺へる。それが「怪しさ」の所以である。

 
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 つい最近「愛国ポルノ」といふ言葉を知った。前にも聞いたやうな気がするが、定かではない。ただ、「障碍者ポルノ」といふのがあったやうに思ひ、ちょっと検索してみたら「感動ポルノ」だった。これは障碍者の生活をテーマにしたドラマやドキュメントを指し、障碍があるけどこんなに頑張ってゐるといふ内容で、視聴者に感動を呼び起こす、いやむしろ感動を押し付けるものだ。

 私は、元々この種の番組が嫌ひだ。重い病気にかかってゐる人を取り上げるものもあるが、それも嫌ひである。ふと思ったのだが、そのハシリは「愛と死を見つめて」ではないだらうか。もう50年以上前だが、骨肉腫で余命わづかになってしまった女性と、その恋人がやり取りした手紙を、彼女の死後に出版したものだ。それが多くの人の感動を呼び、ベストセラーになった。映画やTVドラマにもなったし、青山和子が歌った曲はレコード大賞を取った。

 当時高校生だった私は素直に感動したが、社会人になってからは、この種のものにあまり感動しなくなった。内容が感動的でないわけではなく、何だか「感動しなさい」と言はれてゐるやうな気がして不愉快だったのだ。健康な人も頑張ってゐるでしょ?といふ思ひもあった。障碍者が取り上げられるやうになったのがいつ頃か記憶はないが、いつのまにかさういふものも増えてゐた。確かに病気や障碍はハンディキャップになるが、それに負けるのは、厳しく言へば人間として少しだらしない。健康な人も何かの事情で挫折することはよくあるが、多くの人はそこから立ち直る。

 もっとも、障碍者に対しては偏見や差別といふ現実がある。現在は、所謂ダイバシティの考へ方が広がってゐるが、半世紀前なら比較にならないほどつらい状況に置かれてゐただらう。障碍者を取り上げるやうになった当初は、さういふ状況を打破するためのアピールの意味があったのかもしれない。だが、昨今では「感動の押し付け」といふ雰囲気を感じさせるものになってゐる。裏話として、ドキュメンタリー撮影中の障碍者には深刻さうな態度が要求され、けらけら笑ふなどといふことがあればカットされるといったことが伝はってゐる。ついでにその流れで言へば、24時間テレビも好きではない。寄付が集まるのは結構だが、そこでも感動ポルノめいたものが放映されるからだ。また、タレントたちにギャラが支払はれるのにも疑問を感じる。もっとも、それを寄付する人もゐるやうなので、全面的に否定するわけではない。

 ちょっと脱線するが、乙武洋匡氏の登場は時代を切り開いたのではないかと考へてゐる。彼の著書を書店で見つけ、帯にある「障害は不便です。でも不幸ではありません。」といふ文だけでそれを感じた(本は読んでゐない)。


 さて「愛国ポルノ」だが・・・日本は素晴らしい国だといふことを訴へる本やTV番組を指すさうだ。さういふ番組を時々見るし、本屋に行ってもその種のタイトルがよく目につく。確かに以前より多くなってゐるが、そもそも、ここ10年かそこらの傾向ではないだらうか。TVはたくさん見てゐるわけではないが、どれも日本の良さを再認識させる内容になってゐて、ほお、さうだったのかと気づかされることもあり、わりと好きなジャンルではある。ただ、それを強調するあまり、外国にはかういふものはないといふ物言いが時に現れ、どうかと思ふ事もある。

 昨日のリテラによれば、その典型が四季だといふ。日本は四季の変化が美しいとよく言はれるが、熱帯や極地を除けば外国にも当然四季はある。どれほど美しいかは写真などでしか知らない自分にはよくわからないが、とにかく季節に応じた景色や楽しみがあるのは、芸術作品などからも窺ふことができる。ところが、さういふ番組に外国人タレントが招かれてコメントするケースでは、さういふことを言ってはいけないらしい。また、MCなどの日本人にも禁じられてゐるらしい。まあ、番組の性格上ある程度はうなづけるが、その種の発言があればカットされると聞けば、やりすぎの印象は否めない。

 リテラは、国全体の右傾化と軌を一にしてゐると分析してゐるが、私も数年前からさう感じてゐたので、それに同意する。また、「それは外国人タレントだけの問題ではない。日本人タレントでも日本批判めいたことを公の場で発言すれば、「反日」「在日は帰れ!」などといった中傷が殺到する。それどころか、外国のスポーツ選手を応援しただけで国賊扱いされる。」といふ記述もある。これはネトウヨの事を言ってゐるのだが、かういふ輩の存在は本当に嘆かはしい。しかし、それが実態であり、安倍政権になってからその傾向が進んでゐるやうに見える。戦前回帰は、程度はさてをき確実に進行してゐると私は判断してゐるが、残念ながら、私にはそれを止める力がない。
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 図書館で見つけて借りてきた。狭山事件は1963年4月に起きてをり、当時私は中3だった。事件の年月は忘れてゐたが、事件そのものはよく覚えてゐる。石川一雄といふ人が犯人とされ、死刑判決を受けたが、控訴審で無期懲役に減刑された。最高裁もそれを支持して確定、彼は服役したが、仮釈放されて現在に至ってゐる。

 二審からは無罪を主張し、支援団体も発足して再審請求も行ったが、退けられてゐる。石川氏は被差別部落の住民で、差別に基づいた捜査・裁判であるといふ観点から部落解放同盟もそれに参加した。また、事件は警察が犯人を取り逃がしてしまった吉展ちゃん事件のひと月ほど後だった。その事で国民の強い批判があったのに、この時も身代金を受け取りに来た犯人を取り逃がし、またかといふ批判が沸き起こってゐた。それで警察は、失地回復せねばと必死だったらしい。

 さういふ状況は冤罪を生じさせる一つの条件でもあり、実際にその疑ひが濃い。私は断片的にしか知らないが、物証があまりなく、自白中心の捜査だったやうで、その自白が警察によって作られたことを窺はせる根拠をいくつか読んだことがある。念入りな家宅捜索を2回もしたのに発見できなかった万年筆が、鴨居の上といふ簡単に見つかるはづの場所で(後に)発見された事を知った時は、冤罪に違ひないと確信した。もっとも、それは何十年も前の事で、以来その種の情報に接してはゐなかった。


 それで、ぜひ読みたいと思ったのだが、これはあくまでも小説である。狭山事件に関心を持つ元新聞記者・林が、後輩女性記者・町子の推理を聞くといふ構成になってゐる。なを、彼は事件の二年後に埼玉県に転勤となり、資料をもってゐた。彼女は事件好きで、同じタイプの彼とよく話すことがあり、狭山事件に興味を持って資料を借りていった。そして、謎が分かりかけたから聞いてほしいと連絡した。偶々別の後輩(男性)が遊びに来てをり、彼は町子の後輩でもあったので二人で聞くことになる。

 しかしながら、著者は元朝日新聞の記者であり、林と町子は疑ひなく彼の分身である。だから、小説ではあるが純粋なフィクションではない。それは時に推理作家が採る手法で、彼もそれを用ひたわけだ。


 さて町子は、事件を取り巻くいくつもの不可解な事柄を、ある仮説を立てて解き明かしていく。それは真犯人を「X氏」とし、不可解な事を不可解でなくするには、X氏の行動はかうだったのではないか、と推理する手法だった。もちろんX氏だけでなく、被害者やその家族の行動も含まれる。

 それらの推理はなるほどと思へるものばかりで、読者としては町子の説を信じる気持ちがどんどん強くなっていくが、本当にさうか?といふ気持ちも起きる。それは作者も承知で、林が時々休憩して考へるシーンを作る事で、読者にも落ち着く余裕を与へてゐる。

 最後に、X氏は誰かといふ話になるが、町子はある人物をX氏と想定すればつじつまが合ふとし、犯行の日の朝から数日間をX氏を主人公として描写する。その人物の呼称はあくまでも「X氏」だが、明らかに被害者の兄だ。それを知って私は驚いた。その部分を読む前、被害者の姉の婚約者かな?と考へてゐた。彼は本文には登場しないが、姉は登場してをり、事件後結婚したが七月に自殺してゐる。その自殺も不可解な事の一つだが、婚約者が犯人で彼女がそれを知ってゐたとすれば腑に落ちるからだ。彼女は身代金を取りに来た犯人と5分ほど言葉を交はしてをり、犯人が少し声を変へたとしても誰かわかった可能性が高い。

 しかし、町子の推理では被害者の兄なのだ。ちなみに兄は二人ゐるが、長兄の方である。次兄は事件から14年後に自殺してをり、事業の失敗が理由とされてゐて事件とは関係なささうだが、この本では真相を知ってゐることが原因である可能性にも言及してゐる。驚いた理由は自分の推測が外れたからではない。近親相姦があった事になるからだ。

 町子即ち殿岡氏の説の根幹は、この事件は誘拐ではなく強姦殺人で、犯人が保身のために誘拐事件に見えるやうに細工したといふ事であり、その細工には、被差別部落の者が疑はれるやうに仕向ける事も含まれてゐる。もっとも、強姦については本来の意味ではなく、被害者が拒めない関係にあるため仕方なく応じたといふ見解を取ってゐる。それを説明する段階では、例として教師や上司を挙げてゐたが、最後のまとめでは兄としたわけだ。

 これは発表するには相当勇気のいる結論だが、著者には自信があるらしい。この本は2005年の出版だが、先立つ1990年に「犯人 狭山事件より」といふ本を上梓してをり、その前後に当人に質問を送って回答を拒否されてゐる。その質問の内容は「疑問点」としか書かれてゐないが、近親相姦のことも含まれてゐるのだらう。回答拒否を肯定と見做したのではないだらうか。

 「あとがき」にはかういふ記述があり、それは著者の自信を表してゐるやうにも読める。

:本書における推理に対し、不当だと思われる方は遠慮なく申し出ていただきたい。反省すべき点があれば改めて一層真理に迫るものにしたいと考える。:

 なを、事件の詳細や推理の詳細は省いたが、それらを取り上げたサイトがあったのでリンクさせてをく。

 
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 小学生時代の話である。学校給食はなく、皆弁当持参で登校した。学習雑誌を購読してをり、それで給食といふものを知ったのだが、遠い世界の事といふ感じがしてゐた。ただ、食べるまでに時間がかかるやうなので、せっかくの昼休み、遊ぶ時間が減るなあと思った事は覚えてゐる。

 4年生になったとき、牛乳給食といふものが登場した。4時間目の途中に、どこからか牛乳が届く。特に配給の係はをらず、昼休みになると、各自がケースから1本ずつ持ってきて弁当と一緒に飲んだ。今では少ししか見かけない180mlの瓶入り、丸い紙の蓋を外すための小型の千枚通しが先生の机にぶら下がってゐたが、大半は爪で取ってゐた。

 不思議だと思ったのは、先生が教へてくれた牛乳の飲み方である。曰く、噛むやうに飲みなさい。思へば、それまで牛乳を飲んだことがなかったやうな気がする。家では日曜の朝はパン食でトーストだったが、両親は紅茶を飲んでゐた。子供たちも何か飲んだはずだが、覚えてゐない。牛乳ではなかったなあ・・・、紅茶を飲んだかもしれない。牛乳配達が普及したのはもっと後で、多くの子供はあまり牛乳を飲んでゐなかったと思ふ。だからこその指導だったのだらう。ともあれ、飲み物を噛むやうに・・・とはどういふ事かと思ったが、初めのうちは素直に従ってゐた。でも、間もなくばかばかしくなってゴクゴク飲むやうになった。

 子供は遊びの天才と言はれるが、当時、我々は牛乳瓶の蓋で遊んだ。机に置き、パッと息を吹きかけてひっくり返すのだ。成功したらそれを自分のものとし、たくさん集めたら勝ち、一度に2枚ひっくり返すと歓声が上がった。ただし、女子はやらなかった。

 牛乳給食はいつまで続いたのか・・・卒業する頃にはなかったやうな気がするが、定かな記憶はない。中学ではなかったが、そもそも小学生だけだったのかもしれず、参考にはならない。ひょっとすると、牛乳配達の普及が関係してゐるかもしれない。

 費用のことも不思議だ。給食費を払ってゐないのだ。口座振り込みなどない時代だから、払ったのならしかるべき時に学校に持って行ったはずだが、確かな記憶としてそれはなかった。すると、公費で賄ってゐたことになる。義務教育が無償といふのは努力目標にすぎない時代で、教科書も学年の初めに学校で買ってゐた。なのに、牛乳だけとはいへ公費、つまり市の予算を使ってゐたとすれば、財政に余裕があったのだらう。私の4年生は1958年、東京タワーができ、三種の神器に先立ってヒット商品となった東芝の電気釜が発売された年である。長嶋茂雄のデビューもこの年だった。日本経済の高度成長が始まったのは1955年とされてゐるので、その効果に相違ないだらう。ちなみに、1955年からは神武景気、1958年に停滞し、なべ底不況とされたが、成長率はプラス、すぐに再び上向き、岩戸景気が東京オリンピックまで続いた。
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 ある本を買ふつもりで本屋に行った。それを見つけると、近くにこの本があった。私の関心事に合ひ、かつタイムリーだった。著者の高森明勅は、TVか新聞でコメントしてゐるのを見たり、天皇・皇室の分野の第一人者といふ評価をネットで見たこともあるが、著作を読んだことはなかった。

 そんなわけで、ちょうどいいと思ってそれも購入してきた。発行は昨年11月末だが、執筆の企画は7月にあり、秋までに刊行する予定でゐたところ、例のビデオメッセージがあったため、いろんな依頼が立て込んで手が付けられずにゐたさうだ。その結果、「お言葉」を踏まへて書くことになった。

 読んでみて、私の意見とほぼ同じであることに驚いた。専門家だから、内容に比べ物にならない深さがあるのは当然だが、譲位を認めるべき事、法的な手当ては皇室典範の改正で行ふべき事、女性・女系天皇を認めるべき事など、根幹はほとんど変はらない。

 ここでは、私が気づいてゐなかった事や教へられた事をいくつか書いてをく。


 一つには、日本国憲法第一条にある「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」についての考察である。詳細は省くが、天皇は国事行為によって国家の公的秩序の頂点に位置する事を示し、それが「日本国の象徴」としての務めである。一方、「国民の安寧と幸せを祈り、人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思ひに寄り添ふ」(「お言葉」から抽出)事が「日本国民統合の象徴」としての務めである。言はば前者は「静態」、後者は「動態」としての務め----これは大原康男氏の「象徴天皇考」にある述語を借用した説明だが----、その「動態」の具体的な内容はこれまであまり考察されてをらず、まさに今上陛下が身をもって示されてきた事としてゐる。

 私は、中学の社会科で憲法を習ったときに初めて「象徴」といふ言葉を知った。先生は「学校の校章のやうなもの」と説明したが、全く理解できなかった。もちろん数年後には理解したが、憲法上の「象徴」はぼんやりとした理解のまま、特に「国民統合の象徴」については、多くの人と同様ほとんど考へたことがなかった。だから、「静態」「動態」といふ観点にはなるほどと思はされた。


 次に女系天皇についてだが、著者は奈良時代の元正天皇を女系と認識してゐる。女帝である元明天皇の娘なので女系と言へるのだが、通説は、天武天皇の長男(草壁皇子)の長女なので男系といふ見解を取ってゐる。双系あるいは「めをと系」と考へることもできるが、とにかく重要な問題点だ。男系男子継承を絶対とする立場では女系天皇は過去一人もゐないとするが、もし元正が女系天皇ならその主張は根拠を失ふ。

 著者は、養老令の中の継嗣令に「皇兄弟・皇子はみな親王とせよ(女帝の子もまた同じ)」とあるのを示し、女帝の子はそれゆゑに親王なのであり、女帝の配偶者の血筋は問はないと解釈する。そして、親王は皇位継承資格者なのだから、元明から元正への継承は女系継承であるとする。なを、令のカッコ内は「本注」と呼ばれ、条文に元々備はってゐる注で本文同様法的拘束力がある。

 一方、通説は元明・元正の両天皇を首皇子(後の聖武天皇)が成人するまでの中継ぎとしてをり、それには二人の即位の経緯に照らして根拠がある。本来は、崩御した文武天皇の子である首皇子が即位すべきところ、幼少のため祖母(元明)・伯母(元正)がやむなく続けて即位したと見るのだが、日本書紀にはさう解釈できる記述がある。そして、元正は父系が天武につながるのだから男系であり、母が天皇だったのは偶々に過ぎないと考へるのだらう。偶々と言へば、元正を女系と見る立場では天武の孫だったのが偶々といふことになりさうだ。なを、養老令は757年の施行(制定は718年)で、両女帝の時代に有効だったのは大宝令だったが、同様の規定があったとされてゐる。

 私はこれまで通説に従ってゐたが、この本を読んだ今では、どちらが正しいのかわからない。ともあれ著者は、女帝も女系天皇も過去に例があるし、その根拠たる法規も明治の皇室典範ができるまで有効(実態はさてをき)だった事を重視する。そして、男系男子に拘ればいづれ皇統が断絶することを指摘して典範の改正を急ぐべきとする。


 もう一つ、旧宮家を復活させ、あるいは旧宮家の未成年男子を皇族の養子に迎へて皇族男子を確保するといふ主張への反論がある。簡単にまとめれば「現実性がない」といふ主張だ。著者は旧宮家の人を取材してその意志がないことを確認してゐる。また、養子については、常陸宮家は高齢のご夫妻のみ、三笠宮家と高円宮家には女性しかをらず、そもそも養子を迎へるべき宮家がないと言ふ。ただ、高齢や女性だけの家は養子を取れないのか、私にはよくわからない。

 加へて、理由の如何を問わず一たび皇族の地位を去れば復帰は認められない、といふ原則があるらしい。明治40年の皇室典範増補に規定があり、現在無効とはいへ、古来の不文法を成文化したものだから現在も従ふべき、といふ葦津珍彦の指摘(昭和29年)で、著者自身はそれを紹介するにとどめてゐる。


 他にもあるが、この三点はかなり重要と思ふ。あと、言はば番外として、沖縄関連を挙げてをく。陛下は皇太子時代を含めて数回、沖縄を訪問されてゐるがその事ではない。沖縄では、毎年6月23日に沖縄戦の追悼式があるが、その前夜祭で御製が流されるといふ。御製は普通和歌だが、ここでは「琉歌(りゅうか)」だ。琉歌は八・八・八・六で作られる定型詩で、御製には「摩文仁」といふタイトルがあり、琉球音楽の調べにのせて献奏される。現在では、よほどの専門家以外に琉歌を詠める人はゐないさうで、さる地元の学者が「陛下はすごい」と感嘆したといふ。琉歌を初めて知った私も感嘆した。


 最後に、著者は典範の改正試案も提示して解説してをり、よく考へられたものと感じたことを付け加へてこの稿を終へる事にする。
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丸山恒平

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1949年1月生まれ、還暦を期にブログを始めました。記述することは多岐にわたります。
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